プレゼント

松長良樹

その後の幸福の王子


 幸福な王子は天国にいました。その昔、貧しく可愛そうな人達に自分の持てる物の全てを与え、自己犠牲の美学を身を持って神に示した……。 そう、あの伝説の王子です。


 ツバメと王子は長い間天国の楽園で満ち足りた日々を送っていましたが、あるクリスマスの晩に王子はその慈悲深い心でこう考えたのです。


 ――すべての満たされない者にプレゼントを贈りたい。そして平穏な心と感謝の気持ちとを持ってクリスマスの夜を過ごせたらいいと。本当に絹のようにやさしい王子の心は健在でそれは天国に召されて益々輝きを放つようでありました。


「ねえ神様、あらゆる世界で未だプレゼントを貰った事のない者はおりますでしょうか?」


 ある時王子は天国で散歩していた神をつかまえていきなりこう切り出しました。神はちょっと驚いた様子でしたが真面目に考えてこう答えられました。


「プレゼントを貰った事のない者じゃと…… ほとんどのものはプレゼントを貰った経験があると思うがなあ」


「そうでしょうか」


「プレゼントを貰った事がないといったら、地獄に落ちた悪魔ぐらいのものじゃないかな」


「あ、悪魔……」


「そうじゃ。あいつは万人から嫌われているからまず、生涯プレゼントなど貰った事などないだろうな」


「なるほど確かに」


「おいおい、まさか悪魔にプレゼントをやるつもりじゃないだろうな?」


 王子の真剣な顔を見て神がちょっと心配そうに言いました。


「悪魔は確か元は天使だったのでしょう? その天使が堕落して悪魔になった」


「まあ、そうじゃが」


「それなら彼にプレゼントを贈り、これまでの事を水に流してもう一度天使にもどしてやることは出来ないでしょうか?」


 本当に善良な王子は誠実な目を輝かせてこう言いました。


「うーん、あの悪魔が改心するとはわしには到底思えない」


 神は困った顔をしましたが王子は言います。


「私はどんな者にも良心があると信じています」


「……でもまあ、やめときなさい。あいつは論外だ」


 神は王子の身を案じてそう言いました。


「クリスマスイブに私は悪魔にプレゼントを贈ります。そして限りない孤独の洞窟の中で疑心暗鬼にかかり、世を拗ねて隠遁するものを愛の力で救おうと思うのです。どうか、どうかお許しください。親愛なる神様」


 王子の眼は真剣で純粋でした。神はそういう王子がこの上なく好きでした。慈悲の心は神様にも充分にありますので、その博愛の気持ちを無碍にもできません。


「まあ、そうまで言うのならやってみなさい。ただし、くれぐれも用心して行くのだよ。何かあったらわしを呼びなさい、どこへでも出向きますから……」


 神様は少し後悔するようにこう言いました。


「はい。仰せのままに」


 王子は神に軽く跪くと、悪魔のいる地獄に向かいました。

 王子は暗く妖気に満ちた場所に危険を顧みず出向いたのです。そして散々探してようやく悪魔を見つけました。悪魔は陰気な赤い湖のほとりで人の魂を数えていました。大きな壷に魂が沢山入っていました。


 最初悪魔は王子を見ると機嫌を損ねたように渋面をつくりました。


「貴様、何者だ!」


 恐ろしく凄みのある声でした。


「私は王子です。幸福な王子です」


 悪魔は王子をしげしげと眺めてこう言いました。


「お前の馬鹿な話は聞いたことがある。まぬけ王子か? ここはお前なんかの来るところじゃない」


「あなたを探しておりました」


「気は確かか? おめでたい奴め、なにか魂胆でもあるのか!」


 気分を悪くしたように悪魔が言いました。


「なにしに来た? 目的はなんだ」


「孤独なあなたにクリスマスプレゼントをお持ちしたのです」


「な、なに……」


 さすがに悪魔の眼が点になりました。


「プレゼントだと?」


「はい。プレゼントです」


「どういうつもりだ! いったいどういう魂胆なんだ?」


「悪魔さん。私はあなたに愛を知ってほしいのです。愛は孤独なあなたの魂を癒し、幸せの泉へあなたを招くでしょう。そして憎しみと、自身を苦しめる煩悩から開放する。愛こそがあなたを救うのです」


「な、なんだと、こいつぁいいや、うーっはっはっあーーーっ」


 悪魔はついに笑い出しました。それは気違いじみた狂ったような笑いでなかなか終わりませんでした。悪魔は長い間、腹を抱えて大笑いしていました。

 しかし笑いが止んだ時悪魔は急に真面目な顔になって王子を見つめました。そして今度は涙を流し始めました。


「おまえ本気なんだな、王子よ、あんまり馬鹿馬鹿しくて俺様はうれしいぞ! 本当だ、大いに嬉しいぞ!」


 王子も訳がわかりませんでした。


「俺は世界のすべてを今まで憎んできた。天使に嫉妬し、神を恨んできた。それがおまえときたらプレゼントだとほざきやがった。信じられない出来事だぜ。信じられねえ」


「どうか信じてください。私は純粋にあなたを救いたいのです。はい。ここにクリスマスケーキと暖かい毛糸のマフラーをお持ちしました。これは私からの心を込めたプレゼントです」


「……ありがとよ、王子さん。俺様は生まれて初めてプレゼントというものをあんたから貰った。しばらく悪事はしないようにするよ。な、王子さん」


「悪い事はこれからは絶対にしないでください。ね、悪魔さん。それより天国で仲良く暮らしましょう。あなたが心を入れ替えれば神様だってきっとあなたを許してくださるでしょう」


「神と俺とはこじれちまってるから、関係の修復は難しいかもしれないが、俺にはあんたの気持ちが嬉しいよ。俺がまだ天使だった頃の記憶が浮かんでくるようだぜ」


 悪魔はうるうると眼に涙を溜めてそう言うのでした。


「ありがとな。王子、ありがたく貰っておくぜ。ちなみに俺が他人に礼をいうのも生まれて初めての事だ」


 善良な王子はとても満ちたりた気分になりました。良い事をしたと思ったのです。そして頭を下げる悪魔を何回も振り向きながら天国に帰ったのです。


  

 *  *


 

 クリスマスの夜、天国はクリスマスパーティーの真っ盛りでした。招き猫だの、モーゼだの、七福神だの、キューピットだの大勢が騒いでいました。

 みんなが幸福そうにうかれてはしゃいでいました。そこに悪魔はやって来たのです。手に何かを抱えています。王子も神もすぐに悪魔に気づきました。


「よく来ましたねえ、悪魔さん。天国にようこそ」


 王子は優しく言いましたが神は微妙な表情です。


「王子よ。貰いっぱなしというのは俺の性分にあわないんだ。だから俺もクリスマスプレゼントをもってきたのさ」


 そう言って悪魔は大きくて綺麗にラッピングした箱を差し出しました。その箱にはデコレーションケーキでも入っていそうでした。


「ありがとう悪魔さん。早速開けても良いですか?」


 王子は目を細めて言いました。悪魔は答えます。


「ああ、無論いいともさ。これは俺のお宝中のお宝だ。あんたの善意に応える、とびっきりのプレゼントさ!」


 神様はなにやら心配そうな表情でじっとこちらを見ています。そして王子はその箱をゆっくりと開けました。途端に愉しげな場の空気が一瞬に凍りつきました。誰もが口をつぐんで言葉を忘れたかのようです。


 そこに現れたのは首でした。それも女の生首です。髪は蛇のようにうねり、紫の顔色は異様な恐ろしさをたたえていました。


「これは魔女メデューサの首だ! 俺が生け捕りにして首をはねたのさ、見たものを石に変えることができるんだぞ! 凄いだろう! 俺様の取って置きのプレゼントだ。どうだ、お宝だろ! おまえにやるよ」


 ――神は懸命に怒りをこらえておいででしたが、王子はまもなく気絶しました。




                 了


               


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プレゼント 松長良樹 @yoshiki2020

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