生き残りたくば走り続けろ

mikazuki

第1話

 俺こと篠崎健太しのざきけんたは男子校に通う普通の高校3年生であり陸上部に所属している。

 特別なことがあるとすればうちの学校の陸上部は昔全国屈指の強豪校だった事だ。しかし年々実力が低下していき今ではただ楽しむことや部活をやっていたという実績のの為の部へと落ちぶれてしまったそうだ。かくいう俺も本気で全国を目指しているとかではなく中学でもしていたからなんとなく高校でもといった感じで入部して2年が経過しこれといった大きな出来事もなく過ごせていた。そう、この日までは。

 入学式が終わり新しい1年生の部員も入り5月へと入った頃、毎年恒例の合宿が行われることになった。合宿と言ってもハードな練習などはなくどちらかと言えば少し近場の修学旅行的な感じのノリで部員たちは毎年楽しみにしていた。


 それから数日後。合宿当日を迎えた俺らはバスに乗り、目的地に到着するまでお喋りやゲームをしながら楽しんだ。

 目的地に着くと思ったよりも山の奥であまり人気のない古びた合宿所があり、そこには一人の男性が立っていた。ガタイのいいまさにスポーツマンといった感じの少し怖そうな男性だった。


「この合宿期間中に君たちの指導をするコーチの穴原あなばらだ。全員部屋に荷物を置き急いでここに戻るように。いいな」

「はっ、はあ…」

「声が小さい」

「は、はい」


(うわこれガチのやつだ。今年も適当に楽しくやる合宿だと思ってたのに。今年はかなり面倒なことになりそうだ)


 この時の俺はまだこれから起こるであろう出来事の恐さをまったく理解していなかった。


「遅いぞお前ら!急ぎだといっただろう」


(言われた通り急いで来たつもりだったが、この人の基準ではこれでも遅いらしい。やれやれ先が思いやられるな)


「説明する前にみんなにはこれをつけてもらう」


 そう言って穴場コーチは一人一人に特になんの変哲もなさそうなバッチを手渡し俺らはそれを胸に付けた。


「実は俺はお前らの顧問である柴山しばやまの先輩で陸上部が全国クラスだった頃のOBでもある。柴山は実力が低下してしまっている母校の陸上部をまた全国クラスにするべく教師となったが予想以上の実力低下や意識の低さに自分の力ではもうどうしようもないと俺に相談してきたので力になるべく俺がこの合宿中は顧問代理としめお前らの根性を叩き直すことにした」


(予想していた通りめんどくさいことになったなこれは。というか顧問柴山の先生がいないのってこれが理由だったのか。まあ一緒に来てたら間違いなく文句言われまくったろうからな)


「とりあえず今の君たちには足りないものが多すぎるが何より足りていないのは気持ち。上を目指そうという志の低さ。それが一番の問題だ」


(そりゃ昔はともかく今のうちの陸上部に入るやつで向上心があってくる奴なんていないでしょう。あったら別の強豪校に行ってるって)


「そこで少し強引ではあるが君たちにやる気を出させるためのメニューを考えてきた。君たちが嫌でも死に物狂いで頑張れるようにな」


(そんなの俺でなくてもここの部員なら全員御免だと思うけどな)


「練習メニューは鬼ごっこだ。これから夕方の6時までこの山の中でひたすら鬼ごっこをやってもらう」


(あれ?思ってたよりお遊び感覚だな。800メートルダッシュを短い間隔でずっと行い続けるとかそんなもんだと思ってたけど)


「それと君らが真剣に取り組めるように鬼に捕まった者には罰ゲームを設けてある」


「罰ゲーム?」


 それとこちらが鬼役をしていただく方々だ


 視線を移すとそこにはこの世のものとは思えないバニーガールの服装をした男性が立っていた。


「おえー!」


 あまりの気持ち悪さに俺は吐きそうになった。生まれて此の方ここまでおぞましい姿をしたものを初めて目にした衝撃で込みあがってくる嘔吐を何とか耐えた。隣を見ると他の部員たちも俺と同じように地面に膝をつき口を押え必死で吐き気と戦っていた。


(もうこの光景を目にすること自体が罰ゲームに思えてならないのだが)


 しかし甘かった。その後に続くメイド服を着た男性達を目にした時我慢の限界を超えて盛大に吐いてしまった。


「お前らにはこれから5分やるから好きなように逃げろ。ただし先に言っとくが歩いたり立ち止まったりすればお前らに付けてもらったそのバッチがブザーの役割を果たすことになるから注意しろ。それとバッチを外そうとすると大変なことになるから気をつけろよ」


(む、無駄に手が込んでるな)


「それでは今から5分数えるので急いで逃げるがいい」

「あ、あのその前に一つ聞きたいのですが。罰ゲームって何をするんですか」

「そうだな。具体的には言えないが一言で言えば人生で最も恐ろしい体験をする事になるだろう」


 それから俺たちは吐き気直後の倦怠感と戦いながらなんとか森の中を進み合宿所から距離をとった。


(これくらい離れれば大丈夫か?まあ仮にも俺らは陸上部な訳だし早々捕まる事はないだろうけど。それにこれはあくまで俺らにやる気を出させるための練習なんだからそこまで酷いことはしない…よな)


 しかしこの考えがいかに甘いのかという事がすぐに理解させられた。出発してから6分。つまり始まってまだ1分くらいで後ろから地鳴りのような音が聞こえ始めた。

 気になり後ろを振り向くとバニーガールとメイド服姿な男性が後ろから鬼気迫る勢いで近づいてきていた。


(嘘…だろ?まだ始まって殆どたってないぞ)


 それから部員達は血相変えて全力で走り出した。捕まったらどうなるのかみんな薄々気づいており、あくまで可能性に過ぎないとはいえ後ろから迫ってきている奇怪な格好の者たちの服装を考慮すると捕まると恐らく男性としての尊厳を失いかねない事態になるのは明白だった。


「みんな逃げろ!一生分の力を使ってでもとにかく逃げきるんだ!」


 それからは文字通り死に物狂いで逃げ続けた。しかし鬼との距離は開くどころかどころかどんどんと縮まってきていた。そしてとうとう1番後続の一年生の男子が捕まってしまった。


「あら〜ずいぶんかわいい僕じゃない」

「は、離してください!一体僕に何をするつもりなんですか!」

「何をするってね〜あなたもわかってるんでしょう。よそでは出来ない特別な体験をするだけ。私たちといいことするだけなんだからそんな怖がらなくても大丈夫よ」


 オカマのような喋り方をしながら舌なめずりをする鬼役2人に1年生はひとみが絶望の色に染まり懇願するように叫んだ。

「嫌だ、嫌だー!助けて、誰かたすけて!」


 後輩は泣きながら必死に叫ぶものの助けに戻るものは1人もいなかった。あまりに悲痛な叫びに可哀想に思うものの犠牲覚悟で突っ込む勇気が誰もないからである。そのままひたすら走り続けていると後方からからけたたましい叫び声が上がったのだった。


 1人の陸上部員が犠牲になる中で健太達他の陸上部員は生まれて初めて追われる恐怖を痛感していた。


(ふざけんな!たかが部活でリアル鬼ごっこみたいな殺されるより恐ろしい目に合わなきゃなんねーんだよ!)


 みんな同じ気持ちだったが声を出して居場所が気付かれないように唇を噛んで声を殺した。それから俺たちは団体で固まっていて格好の的になると思い、それぞれバラバラに逃げた。

 それでも時間が進むごとに所々で悲鳴が上がり、次第に次は自分の番なのでは?と疑心暗鬼に陥りそうになりながらも疲労とは別の意味で震える足をなんとか前に進ませながら走り続けた。


 それから時間が過ぎてなんとか逃げ切っている間に24回目の団員の叫び声が聞こえきた。うちの陸上部の部員は全員で25人。つまり残りは俺しか残っていないというかことだ。しかもまだ日は高く、6時まではかなりの時間が残っていそうだった。


「これからどうするか…正直このまま逃げ続けていてもいずれ捕まるだからあえて森の方じゃなく合宿所の方へ見つからずに迂回しながら戻れれば」


 そして俺は来た道を大回りして戻る事にした。しかし戻る途中で人のが聞こえたので視線を向けると捕まった団員とメイド服を着た男性が繋がっており、団員はショックで意識がないようだった。

 俺は鬼と最初に顔を合わせた時以上の気色悪さ倒れて嘔吐しそうになったが、あんな目に死んでもなるまいと必死に口を押さえながら物音を立てないように走り去った。


 そして無事合宿所付近までたどり着き一安心しかけたところでガシッと後ろから2人のメイド服とバニーガールの兄に肩を掴まれた。


「いや〜まさか送り返してくる子がいるとはね。探しちゃったじゃない。君たちに付けた発信機の信号をキャッチするこの受信機がなければ見つからないところだったよ」

「君は最後まで残った精鋭君だからね。たっぷりサービスしてあげるよ」


 俺は嫌でもさっき部員と繋がっていた光景が頭に浮かびこれから自分も同じ目にどころかさらに酷い事になると想像すると足腰が震えて満足に立つことすらままならなかった。

 一枚一枚服を脱がされる中必死で抵抗しようとするも体が恐怖でいうことを聞いてくれず女性が性的被害に遭い体が動かない聞いた事があるがこういう状態なんだなとしみじみと痛感した。


(なんでよりによって今年だったんだよ。来年からなら俺はこんな目に合わずに済んだのによ)


 健太は恐怖心にどっぷりつかりながらなぜ一年以上早く生まれてこなかったのかと悔やむのだった。




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