管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編2 走れウルフ

出っぱなし

第1話

 走れ!

 走れ!!

 走れ!!!


 今日もオレは走る。

 氷の大地に鋭い爪を突き立て、凍てつく吹雪を融解させながらひた走る。


 ハーっハッハッハ!

 何者にもオレたちの走りを止めることなど出来ない!

 オレたちの走りは氷をも焼き尽くす、紅蓮の炎だ!

 これが誇り高きウルフの中のウルフ、大狼ダイアウルフだ!

 そして、全てのウルフの王、狼王になるおとこ、それがオレ、ユーリだ!


『お前たち、しっかりついてこい!』

『『は、はい、ユーリ様!!』』


 オレは、後に続く群れの子分たちに発破をかけた。

 息を切らして、大狼ダイアウルフの固有魔法、熱空間カロル・アエルを纏うだけで精一杯のようだ。

 たかが演習だというのに、どいつもこいつもだらしない。

 オレはまだまだ物足りないぞ!


『む!?』


 オレは吹雪の先に、この北の大陸に棲む山ほどでかい大型魔獣、ベヒーモスもどきの禍々しい気配を感じた。

 オレたち大狼ダイアウルフの相棒、ヴァイキングたちがいないと狩るには危険な魔獣だ。

 だが、今のオレは退屈な演習のせいで力があり余っている。


 クックック。

 相手にとって不足はない!

 我が牙は血に餓えておる。

 さあ、その血、肉、魂よ、我が糧となるがよい!


 オレは先陣を切ってベヒーモスもどきに飛びかかった。


 


「おい、ユーリ、起きろ!」

「がふぅん!?」


 オレは今まさに、大狼ダイアウルフの闘争本能を滾らせんとしていた。

 しかし、相棒のオーズの呼ぶ声によって、夢を見ていたことに気付かされた。

 今、オレがいるのは南部の大陸、フランボワーズとかいう国だった。


「あら?ユーリくんったら、すごくヨダレ垂らして、楽しい夢でも見ていたのですか?」


 マリーとかいう人族のメスがオレを見て笑っている。

 血肉湧き踊る闘争も、魂を燃やす走りとは別世界なのんきな笑い顔だ。


 クソ!

 オレは今、こんな生ぬるい退屈な場所にいるんだった。

 闘争本能は鈍り、牙を抜かれた気分だ。


「やれやれユーリ、暖かいフランボワーズにいるからってだらけ過ぎだぞ?」


 と、相棒のオーズはため息をついた。


 き、気が抜けてるのはどっちだ!

 暗黒大陸とかいうところで武者修行に行くって決意はどうした!

 何だ、その格好は?

 偉大なる海の戦士のくせに、ただの雑用係じゃねえか!

 

「こら、飼い主のオーズさんに吠えたらダメですよ、ユーリくん?」


 と、マリーは不意に俺の頭を撫でてきた。


 く!?

 や、やめろ!

 お、オレは誇り高き大狼ダイアウルフ、だ、ぞ?

 

「ガルル……く、くふぅーん。」

「うふふ、可愛いですね!よーしよしよし!」

「わふ!?……はっはっはっは。」


 く、くく、屈辱!

 こ、言葉さえ通じれば、こんな、こんな……

 ……ダメだ。

 逆らう気力もなくなってきた。

 急所であるはずの腹を撫でられるのがこんなにも気持ちいいとは!

 

「……はぁ、情けないぞ、ユーリ。狼王の息子ともあろう者が腹を丸出しでしっぽを振って。」

「良いではありませんか、オーズさん?大きくてもモフモフが可愛いのは当然です!」

「お、おおう?そ、そうか?」


 と、相棒は顔を赤くして目が泳いでいる。


 情けないのはどっちだ!

 惚れたメスとまともに話もできないくせに!


 クソ、クソ!

 こんなぬるま湯に浸かってるせいで、北の大陸にいた頃の夢を見たんだ。


 あの頃は良かった。

 何も考えずにつっ走ることが出来た。

 走ることが当たり前の日々だった。

 走り回ることが出来ないのが、こんなにも辛いことだなんて知らなかった。


 この国にも一応、ウルフたちの走り回る場所はある。

 ウルフランとかいう広場で、ウルフ達を好きに放すことが出来る。

 オレも一度だけそこに行ったことがある。


 オレたちがこの国に来たばかりの頃、ウルフランへ行った。

 オレも好きに走ることが出来るとその時は嬉しかった。

 だが、どこにも縄張りがあり、先に居付いた奴がでかい面をしてやがる。


 オレがそこに入り、相棒から離れている時だった。

 奴が調子に乗ってオレに絡んできた。

 南部のウルフにしてはでかい奴だったが、オレほどではなかった。

 オレは始めは相手にしていなかった。

 ザコになんか興味ないからな。


 だが、奴は子分共を引き連れて来やがった。

 ザコほど群れると調子にのるものだ。

 オレは鬱陶しかったから一喝してやった。


 そうだ。

 オレがやったのは、たかがそれだけだ。

 オレは、ヤツラはこれでビビって逃げていくだけだと思っていた。

 だが、そうはならなかった。


 あろうことか、ヤツラは泡を吹いて失神しやがった。

 流石のオレも予想外だった。

 まさか、南部は人族だけじゃなくて、ウルフまでもこれほど軟弱だとは。

 

 こうして、オレたちはウルフランを出禁になってしまった。

 そして、オレの走ることの出来る場所もなくなったわけだ。

 このままぬるま湯に浸かったまま、狼王になるという野望も遠のいていった。

 

 そんなある日のことだった。

 オレはどこかに連れて行かれた。

 そして、オレは好きに走っていいと言われた。

 オレにはよく分からなかったが、本気で走った。


 気持ちよかった。

 魂が解き放たれるのを感じた。

 そうだ。

 オレは忘れかけていた本能を思い出したんだ。

 オレたちウルフは、走っている時こそが生きている時なんだ。


 そして、3年後。


「うおお!チャンピオンだ!」

「きゃあ、カッコいい!」

「ユーリ!」

「ユーリ!」

「ユーリ!」


 今日も割れんばかりの大歓声だ。

 オレは自信に満ちた雄大な走りで駆け抜けた。


「決まったぁ!ぶっちぎりの大差ぁあ!今年もダービーウルフは『狼王』ユーリだぁあああ!!」


 これが、この国でのオレの走る場所だ。

 ウルフレースだけが、オレでも自由に走ることが出来たのだ。


 まあ、人族共に見世物にされるのは気に食わないが、本気で走ることが出来るから良しとしよう。

 

『ユーリ様、速すぎっすよ!』

『へ!当たり前だろ?オレは、『狼王』になるおとこ、ユーリ様だ!』


 この国のウルフは、今ではオレの配下だ。

 だが、まだだ。

 すべてのウルフの王になるには、まだ走り続けなければならない。


 オレはテッペンまで突っ走るぜ!

 目指すは『狼王』だ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編2 走れウルフ 出っぱなし @msato33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ