走る
きょんきょん
迫る足音
走る、走る、ひたすら走る、どんなに苦しくなっても、後ろを振り向くな、ただまっすぐ前を向いて、走り続けろ、あいつには、負けてなるものか。
この学校には七不思議ならぬ一不思議がある。六つも欠けてるからおどろおどろしさもなければ、全国的に有名な怪談話にもならないけど、昔から陸上部に伝わる怪談話だ。
むかしむかし、将来を期待された陸上部員がいました。その子は毎日一人でも練習に励み、ある日の夕方も自主練習に励んでいました。
日課の練習メニューをあらかた済ませ、最後の一本を走ろうと位置につくと、背後に何者かの気配を感じましたが、練習に集中しようとその気配を無視しスタートしました。
すると、ひたひた、と、背後から足音が聞こえてきたのです。
その足音は離れまいとピタリとくっつき決して前を抜きません。
結局その生徒はゴールまで先頭を守りきりましたが、その後怖がって練習もできずに大会を辞退してしまいました。
そんな話が広がったものだから、走るのを怖がり練習もまともに参加できなくなった生徒が増えたため、困った学校は夕方の居残り練習は禁止にしたようです。
それでも一人で走る人は絶えず、やはり背後に足音を感じた部員もいたらしく、根性がある生徒が思いきって振り向くと、背後には何もいなかったらしいです。
そこまで内容を知りながら、そんな怪談話は関係ないとばかりに一人だけ自主連に励む男子生徒が一人いました。
「よっしゃ、グランド独り占めだぜ」
テスト期間中のグランドはいつものようにがらがらで、自主連をするには最適だったのです。
中学最後の都大会が間近に迫り、将来を期待されていたその子は、練習時間を少しでも確保するために居残り練習をすることにしました。
スタートライン上で静かにクラウチングポーズをとり、勢いよく飛び出す。どんどん加速していき、カーブを抜けると更に加速する。風を切り、ラストのカーブを抜けると、ラストの直線というところでいつものように失速してしまいました。
「くそっ、またダメだ」
いくら練習しても最後にスタミナが残らず、むしろ走れば走るほどタイムは悪化していくという悪循環に陥っていたのです。
「どうすりゃいいんだよ……」
四本走ってタイムは落ちる一方、今日もダメだと最後の一本の準備をしました。
スタートラインの位置につき、クラウチングポーズをとる――すると、背中に感じたことのない嫌な
――まさか、例の足音のお化けか?
部内に同レベルの選手が存在しないことをつまらなく思っていた少年にとって、背後から感じる気配は、まるで都大会常連校の連中を相手どるような緊張感があり、ありがたいことに最後の一本に集中することができました。
自らのタイミングで一歩を踏み出す。
――出遅れたか。
スタート直後の加速がうまくいかず失速してしまい慌てて立て直そうとすると、怪談話にあった、あの足音が聞こえてきたのです。
ヒタヒタ。ヒタヒタ。
隣のレーン後方からぴたりと張り付いて走っているような、そんな薄気味悪い足音でした。
――噂通りなら前を抜かないはず。
少年はそう油断していました。しかし足音は確実に横に並ぼうと加速を続けています。
ヒタヒタヒタヒタ。ヒタヒタヒタヒタ。
「俺が遅いってかよ!」
足音に舐められたような気がして、いつも以上に加速し、最後のカーブを抜けたところでとうとう足音は横に並びました。
横一列で一心不乱に走り、負けたくない一心でゴールに突っ込むように滑り込みます。
ストップウォッチを押してタイムを確認すると、なんと個人
「よかったな」
グランドに倒れこんだ少年の耳に、何者かの声が聴こえました。
急いで辺りを見回しても、もちろん誰もいません。
タイムに伸び悩んでいた少年を手助けしてくれたのでしょうか。今となっては真相はわかりませんが、それきり足音は現れずに少年は都大会で優勝しましたとさ。
おしまいおしまい。
「先生、一ついいですか」
「なんだ?」
「ギリギリ勝ったんですよね。その足音に」
「ああそうだよ」
「よかったなっていわれたんですよね」
「そうだ。今でも覚えてるよ」
「そのよかったなって、もしかしたら違う意味なんじゃ……」
「どういう意味だ?」
「抜かれなくて良かったなって意味にも聞こえませんか」
「は?」
抜かれていたら、どうなっていたのでしょうか。
走る きょんきょん @kyosuke11920212
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