意地を張る私はめんどくさい

あゆう

追いかけて肩を抱き寄せてくれる人

「むぅ……」


 日曜日の朝、私は鏡の前で何度目か分からない唸り声を上げる。

 ここで可愛らしい女の子とかならきっと、「はふぅ……」って乙女全開のため息とかつくんだろうけど、あいにく私はそんな女子力は持ち合わせていないの。


 ぬぅ……。


 そしてその唸り声の理由。それは服装。色んな服をたくさんベッドに拡げ……たりはせずに、五段あるタンスを引いて中身を覗き、唸って戻す。それを上から下まで繰り返してして首を傾げる。


「……いや、別にデートじゃないんだから。二人で会うんじゃなくて他にも人が来るただのオフ会なんだから。だから別に服装なんてどうでもいいんだから……」


 今日はSNSで知り合い、更に無料通話アプリで幾度となく話した顔も知らないWeb小説作家メンバーとの初めてのオフ会。ただそれだけ。緊張はするけど、別に何かあるわけじゃないし。ちょっと気になる人はいるけど、顔も知らないし。別に恋とかじゃないし。二十半ばにもなって、誰かとご飯食べるだけの事にいちいち騒ぐことでもないし……。


 だから自分にそう言い聞かせてみたりするけど、やっぱり意識はしてしまうもので……。


「あーもうっ! わかんないから服はこれでいいやっ! まだ買ってそんなに経ってないからぜーんぜん新しいし!」


 昨日買ったばかりだけど。べ、別に今日の為に買った訳じゃないからね? たまたま昨日買っただけなんだから。

 何も変なことは考えてないからっ! 『可愛い』なんて思って欲しいわけじゃないからっ!


 ──で、結局、悩みに悩んで私が玄関から出た時の格好は、黒いレギンスにグレーで七分袖の膝丈チュニックワンピース。その上からベストを羽織って、足元はやっと最近馴染んできたレザーのブーツ。


 いざ、出陣! って私何言ってるのよ。武士じゃないんだから……。


 そして約束してた時間の十分前、待ち合わせしていた店についた。予約名は、【サンダーボルトスマッシュ】誰よこれ考えたの。店員さんに言うの恥ずかし過ぎるんだけど。「えっ?」って聞き返されたから二回もサンダーボルトスマッシュって言うことになったじゃないのよ。絶対ドリンクバースペシャルブレンド飲ませてやる。


 で、半笑い中の店員さんに案内されて着いた席には、既に五人が座っていた。男の人が三人の女の子が二人。女の子はどっちも私より若い。一人はショートカットの気が強そうな子。もう一人はサラサラのストレートヘアーのおっとりした胸の大きい子。いや、二人とも私より大きいんだけど……っていうか学生さん? 化粧もほとんどしてない感じ。え、嘘でしょ? 二人とも私が知らないような古いアニメとか知ってたから、てっきり私が一番若いと思ってたのに。

 そしてその向かいに座る男の人達は一人は茶髪のチャラそうな三十半ばくらいの人と、スーツを着た四十代位の真面目なサラリーマン風の人。もう一人は高校生くらいの男の子だ。

 その五人が突然現れた私に視線を向けている。

 えーっと……と、とりあえず挨拶よね?


「えと……『瀬野 かなめ』です」

「……え? だれ?」


 自己紹介したのにチャラ男がそんな事を言ってくる。そしてその声は耳に残る聞き覚えのある声。


「だ、だれって!? って、えっ? その声……」

「あーーっ! わかった! まさか本名言ってくるとは思わなかったわ。そかそか、【カナカナ@銀髪青眼は私の嫁】ちゃんか! ゴホン、ようこそサンダーボルトスマッシュオフ会へ。俺が主催者の【俺の作品のヒロインは全員銀髪幼女】だ」

「ちょっ! ここで名前全部言うのはやめてよロリさん! あとその名前店員さん言うの恥ずかしかったんだからね!?」


 彼が、彼こそが今朝の私を迷わせた原因、通称ロリさんだった。確かに銀髪好き繋がりで知り合ったんだっけ。それにしても…うっ、ちょっとカッコイイじゃないのよ。なんか悔しい……。


「うははは! 当たり前だ。それが狙いだったんからなっ! さて、カナちゃんも来たしこれで全員だな。じゃあ他のメンバーの紹介な。こっちのスーツの人が【メタボ未満】さん。こっちの男子高校生が【神威朱雀/ラブコメ厨。歳上の彼女欲しい】君。で、そっちのショートカットの子が【アリス@百合は食事】ちゃんで、髪の長い子が【腐女氏ルナ】ちゃんだな」


 ロリさんの紹介と同時にみんなが会釈してくれたのに返すと、私も自己紹介をする。


「はじめまして。……カナカナです」


 そこからはアプリでの会話の延長みたいな感じだった。さすがに最初は途切れ途切れになったりもしたけど、少し話が盛り上がると一気にみんな口を開いて話し出して収拾がつかないくらいに。


 そして数時間が経った頃、ルナちゃんが門限があるって事で、そこでオフ会はお開きになった。


「じゃあ今日はこの辺で終わるか。また機会があれば集まろうぜ」


 みんなで店を出た後、ロリさんのそんな号令で解散して、それぞれの方向へとバラバラに歩いていった。

 そして私も帰ろうとした時──


「ねぇカナさん」


 かけられた声に振り向くと、そこには神威くんがいた。


「あれ? 神威くんどうしたの?」

「カナさんってさ、前に彼氏いないって言ってたよね? 俺とかどう? 付き合ってみない? 俺、歳上好きなんだよね」

「へっ?」


 いきなり何を言ってるのよこの子は。

 今日会ったばかりなのに。


「あ、わかった。歳上をからかってるなー? 冗談はやめてってば。今は彼氏とか考えてないよ?」

「冗談じゃないって。はじめ見た時から綺麗だなって思ってたんだ。どう? お試しでもいいからさ。付き合ってみようよ」


 し、しつこいなっ! これはちょっと怒った方がいいかも。

 そう思った時、いきなり腕を掴まれた。


「ひっ!」

「俺まだ時間あるんだ。どっか寄って行こうよ」


 ちょっと待って。怖い。逃げたい。けど力が強くて逃げれない。

 どうしようどうしようどうしよう──


 その時、後ろから声がした。


「まぁぁぁぁてぇぇぇぇいっ!」


 振り向くと、短距離選手のようなフォームでこっちに向かって叫びながら走ってるくるロリさんがいた。


「チョーーーップ!」


 そして私の腕を掴んでいた神威くんの腕をチョップすると、私の肩を抱き寄せて引き離してくれた。


「はっはっはー! 君にはまだこういうことは早いぞ! 女性にはもっとこう優しくしないとなっ!」

「うっ、悪かったよ……。マジでタイプだったからさぁ……」


 神威くんはそう言うと立ち去って行ってしまった。


「全く。オフ会の時からカナちゃんにばかり絡んでたからもしかしてとは思ったけど、若いってのはすごいパワーだな。なぁ?」

「ありがと。でも……肩、恥ずかしいから……」

「おっと失礼。美人の肩は簡単に触れる物じゃなかったな」


 美人とか……何言ってるのよ。そんな事思ってもいないくせに。


 実は知ってるのよ? たまたまアプリに入った時に、ロリさんとルナちゃんが二人きりで話してる表示を見たから。さっきのオフ会でだって、だってずっと二人の世界にいたじゃない。

 だから……私は彼を突き飛ばすように押すと、そのまま走って家まで帰った。


 ──なによ。新しい服まで買って……ほんとバカみたい。


 でもこれは失恋じゃない。

 だって、私はこれを恋だと認めてないもの……。

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