第13話 校内

挙動不審者。

言葉は知っていた。テレビで、それらしき人も見たことがある。ひょっとしたら知らぬ間に街の中で、遭遇していたかもしれない。

認めたくないが、今、まさにその挙動不審者に成り下がっているのがボクだ。

子供たちが遊ぶ公園だったら、秒で通報されるレベルのキョロキョロ具合と自負している。

この奇行は、今日で3日目に突入していた。


可愛い子いるかなぁー? と、眺めているわけではない。

廊下で談笑する女子高校生にゲス視線を送り、スカートの短さが品性に比例すると腕組みをしながら、哲学の道に入ろうとしているわけでもない。

強風で靡かないくらい短いスカートは、もうスカートではなく下着だ! と、新しい解釈を世間に広げようとしているわけでもない。

ルーズソックスやハイソックス(紺色)より生足に勝るモノなし! と、断言しようとしているわけでもない。

生JKと3年間、同じ酸素を肺に取り込めるだけで幸せ! と、実感しているわけでもない。

1人、校内を歩いているだけだ。

いつも通りの孤独。

いつも通りの寂しさ。

いつも通りの劣等感。

いつも以上の屈辱感。

変わらないボク。

孤高王なボク。

まさにロンリーウルフ。


どんだけ孤独に押し潰されそうになっても、歩みを止めるわけにはいかない。

たとえ同級生の女子高校生に止められても、年上の女子高校生に誘惑されても、ボクは決して止まらない。

鷹茶綾が探している触上砂羽を見付けないと駄目だからだ。


最初の内は、校内を適当に歩いていれば運命的な引力に導かれ、出会えるかと思った。映画とか漫画にあるアレだ。街角で正面衝突するヒロインと主人公。家に帰ると父の遠い知り合いの子供を居候させるとか。俗に言う、ご都合展開が必ずあると思っていた。

だが、ボクは触上砂羽の顔を知らないという致命的なミスに2日目で気付いた。

人探しという大義名分を振りかざし、無料の女子高校生をジロジロと眺めていた時間が本当に無駄だった。


3日目の今日、ボクは無駄な時間を取り戻すように2年生の教室へ向かっていた。

罪の意識から早歩きで。

良い機会なので、触上砂羽という名前の人物を考察してみる。

やはり能力を保有していることで、何かと目立つ人物と思っていた。ボクみたいに変態じみた能力だったら、別かもしれないが。しかし、一般人とは違うと心の中で線引きはしてしまっている。

これが与えられた者の性格だ。

鷹茶綾も能力があることで、かなりプライドが高い。能力を持たない者を見下しているきらいがある。同時に能力を嫌っているけど。

触上砂羽もその類の人種だったら絶対に、目立つと考えた。だが、しかしボクの低能な脳みその記録ベースには触上砂羽という名は無い。

御坂高校の2年生で、目立つ人物のSNSを全て調べた。本人がSNSをしていなくても、目立つ人物は周囲が放置しない。名前や、写真が必ず出て来るものだ。しかし

触上砂羽の名前は何処にも出て来なかった。


疑問を残しつつ「2年生に聞けば、直ぐに分かるだろう」と、軽い気持ちのまま、歩いていると2年生の教室が見えてきた。

可能な限りJKと話したい。いや、接したい。

JDなどノーセンキューのファッキューだ。

そう思っていると、JDしかいない地獄が眼前に広がる。

コミュ障のボクがどう話せばいいのか、悩みどころだ。上級生ということで敬語で接するのは当然と思っている。一応、目上だ。1歳早く産まれたからといって偉そうにされるのは気に食わないが、仕方ないことだ。


腹を括って話し掛けるしかない。


ボクは廊下で黄昏れている2年生に照準を合わせた。地味〜な感じだ。黒髪で目が見えない。肌が白く、ボクより身長が低い。低いと言ってもボクの身長は165センチもある。いいサイズと自分で納得している。将来性が溢れる身長だと自負している。それにこの2年生は細い。ドロップキックを食らわせたら、地球の果てまで吹き飛びそうだ。最悪、悪態を付かれても、腕力で勝る。実力行使で屈服させれる。

それに選んでいる暇はない。

この前、屋上で会った外見だけはパーフェクトの2年生にも遭遇してしまう。潔癖症の不登校児だからエンカウントする可能性は非常に低いけど。


「す、ごほっ。すみません」

「………はぃ」


なんて小さい声だ。

蚊の鳴くような声だ。

ってか、この人、女性なのか? 制服が男モノだから男性と思ったけど、いやもしかして、中性的な男性なのかもしれない。油断は出来ない。気合いを入れよう。下手をすれば男の娘の可能性も視野に入れないと駄目だ。


「触上砂羽先輩ってどこにいますか?」

「?」

「触上砂羽さんってご存知ですか?」

「………知りませんぇ」

「そうですかぁ」


ハズレだったみたいだ。

この人だったら、面白い展開だったが違った。

また違う人に聞くべきだろうか?


「………何故、その人を探しているんですかぁ?」


話しを切り上げたつもりだったが、中性くんがボクに話し掛けてくる。

時間の無駄になってしまうから、無視して行こう。

ボクは中性くんの声が気付かないフリをして、スマホを見ながら、その場を去ろうとした。


「………あのぅ?」


後ろにいた筈の中性くんが顔を上げると進行方向に立っていた。


「うぁあ」


思わず、声を上げてしまった。オマケに尻もちを付いた。なんて情けないんだ。ってかこの中性くん、ちょっと怖い。気配が無いので、クロを思い出す。取り敢えず驚くというリアクションを取ってしまったので、受け答えをしないと失礼になる。

面倒くさいが仕方ない。


「なんですか? 触上砂羽先輩を知っているんですか?」

「………名前を聞いていいですかぁ?」

「名前? なんであなたに言う必要があるんですか?」


ボクは若干、怒り気味で言う。

こんなナヨナヨしたやつに、ビビりたくない。出来れば、ボクが上だということを教えてやりたい。


「………名前を知らない人に、何も教えるな! っと兄上が言っておりましたぁ」


兄上? どこの世界のどこの家系だ?

まぁこの感じだと、知っている可能性もあるので、名乗ってもいいか。


「ボクの名前は天流川御男です。これで良いですか? 触上砂羽先輩を知っていますか?」

「………どうもぅ。わたくしの名前は黒影白刃くろかげはくじんですぅ」

「え、え、え、えええぇ黒影?」

「………はぃ?」


クロの弟? 妹かもしれないが。血縁だったとは。

しかも在校生で、年上とは。何か、嫌だなぁっと思ってしまう。クロの話しをすれば、会話も弾むかもしれないが、ぶっちゃけ触上砂羽を知らないなら立ち去りたい。

クロのことも色々と知りたいところもあるけど、底が知れないヤツなので関わりは適度がいい。この白刃くんも同じだ。同じ学校だから、付き纏われるのも願い下げだ。

いや。いやいや。もしかして、これは初友達を作るチャンスなのかもしれない。

ボクみたいなヤツは同級生の友達を作るのはもう無理なんだ。手遅れというヤツだ。もう1年生の初っ端から友達がいない人間は3年間孤独確定。この孤独の洞窟から抜け出すことは困難。しかし、今、白刃くんに話し掛けたのは、触上砂羽を探す口実だったが、凄いことをしたんだ。面識が無く、しかも上級生。その人物に対して、ナンパのようなノリで声を掛けた。凄い進歩だ。そのまま、友達になれる。少々、気が引けるが白刃くんの兄であるクロを知っている。クロはボクの母さんに色々と世話になっているとも言っていた。つまりボクに頭が上がらない。正確には母さんだけど、息子のボクを無下にはしないことだろう。

うん。大丈夫だ。

「友達になって下さい」という夢の言葉を呟けばいい。

よし。やるぞ。


「黒影白刃先輩!」

「………はぃ?」

「ボクと友達になって下さい」

「………」


反応がない。

固まってまま、動かない。

何故だ?

ボクと友達は、無理なのか? 止めてくれ。こんなに頑張って断られたら、もうボクの人生で友達が出来ない。ボクから友達になって下さいなど、2度とない。


「………どっちですかぁ?」


どっち?

何がだ?

何がどっちなんだ?

友達になれるか? なれないか?

分からない。


「何がですか?」

「………男? 女?」


そっちか!

これで、間違ったら、友達になれないパターンのヤツだな。オーケイ、オーケイ。当ててやる

先、「わたくし〜」と言っていた。ボクは聞き逃していないぞ。そんな言葉を使うのは女性だ。これで当たり。いや、でも………それを見越して、質問している可能性がある。じゃ、男か? 

段々と分からなくなってきた。

ここは大博打だ!

男だ!


「お、男と思います」

「………男ですかぁ?」


白刃くんは考え込むように下向く。

腕組みもし始める。

悩んでいるようだ。

そんなにボクは魅力がないのか? 能力があるせいで、如何わしい人間になってしまったのか? 

それもそうか。

ボクはオシッコをすれば、好意がある人を転送出来る。オシッコは直ぐに止めることが出来ないから転送された人はオシッコまみれになる。

うん。最悪だ。

根性がおかしい方向に捻じ曲がっているに違いない。心は体を表すという。ボクは心が腐りきっている。つまり醸し出す表情や、体も腐っているんだ。汚水のような臭いがするんだ。

もう帰ろう。

見付からないなら、鷹茶綾に転送してもらえば、済む話だ。ボクが靴の底をすり減らすことも無かった。


「………わたくしの知っている触上砂羽さんは、男ではないんですけどぉ」


そっち?

友達になる条件で、性別を当てろ! じゃ、なかったのか?

つまり知っているんだな。


「いえいえ、触上砂羽さんは女です。その女の方の触上砂羽さんがどこにいるか教えて貰っていいですか? あと、写メとかあれば見たいです」

「………友達ですからぁ〜見せますぅ」


とことん、小さいな声だが、写メを見せてくれるみたいだ。

最初から友達なら、見せてくれれば良かったのに。


「………これですぅ」

「あ」


うん。

そんな感じはしていた。

少なからず、そうではないかと思っていた。出来れば違う人物が良かったが、やはり彼女だったか。

潔癖症の不登校児。

触上砂羽。

この人も能力者だったとは。


「友達なんですよね? 今日は学校に来ていますか?」

「………友達?」


あれ?

友達ではないのか? 先程は、友達だから見せると言っていたが………。

ん? ボクと友達になったということか?

いやいや、待て待て。

落ち着けボク。

待ってよボク。

早とちりという可能性もある。友達と聞こえたかもしれないが、共倒れと聞き間違った可能性だってあるんだ。

そんな都合良く、友達がポンポン出来たらボクの孤独が浮かばれない。

………。

いや、孤独と心中する気はないので、浮かんで来ないで欲しい。


「ボクたちって友達ですか?」

「………はぃ」


小さい声だったが「はい」と聞こえた。

よし!

友達が出来た。

こんなに嬉しいことはない。


「友達なので、敬語やめていいですか?」

「………だめぇ」

「………」


そこは厳しいらしい。仮にも上級生だから、敬語は外せないみたいだ。

触上砂羽の顔も分かった。

これで、彼女が学校に来ていれば、鷹茶綾に引き渡し、終わり。

彼女が鷹茶綾の言葉に耳を貸すかは分からないけど、ボクの役目は終わりになる。


「触上砂羽先輩は、どこにいますか?」

「………ずっと来ていませんぇ」


やはりか。

潔癖症の不登校児は伊達ではない。

もう呼び出すしかないのかもしれない。


「………あのぅ」

「はい?」


白刃くんがモジモジしている。いやクネクネしている。性別が分からないので、男と見ているが、若干気持ち悪い。線が細いので尚更、気持ち悪い。かつお節が鉄板の上で踊っているようだ。


「………わたくしの友達なので、婚約をしたく思いますぅ」

「こ、こんやく?」


こんにゃく?

いや、婚約か。

女だったのか。でも出会って数分で婚約しようとは、ボクはどんだけ魅力的なんだ。

分かっていたが、これはモテキだ。

だが、しかし、婚約は出来ない。

仮にも鷹茶綾に好意を寄せている。こんな線の細い女子は好みではない。女性はボン・キュッ・ボンの三拍子が揃ってこそ、女性。

婚約となれば、一生寄り添うパートナー。

外見も重要だ。

それにボクは既に鷹茶綾へプロポーズをしている。普通に断られたけど。それでも男として、コロコロ、好意を色々な人に向けるわけにはいかない。

………触上砂羽先輩にも向けたが。

断ろう。

兄がクロだ。

それも嫌だと言い、友達に戻ろう。

それが一番だ。


「それは無理です。ボク等は友達です。そして兄のクロとも知り合いなので、その妹さんと結婚は嫌です。ごめんなさい」


頭を深々と下げた。

そして、答えを待たずにその場を後にした。

相当、遠ざかってから後ろを振り返ると白刃くんはもういなかった。


「ふぅ」


ため息を吐く。

これは仕方ない。


「………兄を殺します。殺します。殺します。殺します。殺します。殺せば、良いんです。殺します。絶対に。だって殺せば良いんですから。そうですよ殺しますよ」

「うあああああ」


ボクの直ぐ横で、白刃くんが片目だけを露出させて呟いていた。

ボクは驚き、身の危険を感じ、ダッシュで逃げた。

クロと同じで気配がなかった。完全に忍者の末裔だ。

そして、クロ、ごめん。

殺されないように頑張って。

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