第12話 島内
上陸時、俺は気絶していた。
空腹と疲労で限界だった。そんな俺をボスが、船から運び出してくれたらしい。
ボス曰く、船は港湾に入り、下船すると自然と出航したという。
便利な世の中になったものだ。
運ぶのも戻るのも、無人で実施するなんて。
俺は下船後、しばらくしてから目が覚めた。
相変わらず空腹だったが、体の疲労は幾分かマシになっていた。
温かい砂浜の上で、隣にはボスが寝ていた。無論、裸だった。起こすのは、はばかられるので1人で、周囲を探索することにした。
青い海が目の前に広がり、遠い海の上に船を見付けた。
俺たちが乗っていた船だった。何かのトラブルで、戻れなくなっているようだった。
アレを何とか直せれば、島から脱出出来そうだ。
しかし、残念なことに俺は泳げない。金槌だ。50センチ水位で溺れた経験があるので、水に入るのは恐怖だ。海など論外だった。
眠るボスが見える範囲で探索をしているので、島内の状況までは把握が出来ない。
仕方ないのでボスが起きるまで、探索を止めることにした。
しばらくボスから少し離れた位置で体育座りをする。
ボスは眠っていても、綺麗だった。
浜辺で眠っていると、人魚が打ち上げられたみたいだった。
俺は自然とボスから視線を外した。寝ている女性を視姦しているような感覚に襲われたからだ。同時に船の上でボスに言われたことを思い出す。一歩、間違えればボスとプラトニックな関係になっていたかもしれない。
「………」
生唾を飲む。
俺は何を考えているんだ?
こんな訳の分からない島に連れて来られ、能天気過ぎだ。俺は自分の愚かさを呪った。
数分後ボスは、起き上がり「起きたらコーヒーじゃん?」と逞しいことを言っていた。
それからなんだかんだあって、2週間が経過した。
島自体は全て調べた。大人の足なら1日で1周出来る程度の島なので、調べ終えるのは早かった。
ここは、完全な無人島だったが、それは現在の話だ。昔は、この島にも人間が暮らしていたのか、家が何軒も建っていた。しかも、衣服や家具などそのまま残っていた。驚くことに電気も水もガスもまだ生きている。
誰が料金を払っているか分からないが、不思議ではある。
まるでここで、暮らせと言わんばかりだった。
食事面が少し不安だったが、直ぐに解消された。
釣り竿と疑似餌を見付けたからだ。
魚釣りはガキの頃に散々やったので、魚を釣ることは容易だった。
荒れてはいたが、農作物があったので、食うには困らなかった。
ボスも裸に飽きたのか空き家から適当な赤いワンピースを盗み、着ている。下着もあったらしいが、着ないでも生きていけるということでノーパンにノーブラ。
俺もボスに習い、空き家から黒いツナギを盗み、ノーパンで暮らしている。
そんな気ままな島暮らしをしていたが、ボスのためにもこの島から脱出をしたいと考えていた。
ボスが俺に会いに来た理由は、司令を下すためと言っていた。
しかし、まだ司令を聞いていない。あの船内で俺はボスと結ばれる運命もあった。一歩踏み出せば、知らない世界と欲情の世界が広がっていた。でも踏み留まってしまった。
ボスには役割がある。
彼女こそが救世主で女神様なのだ。
俺ごときの欲情で、全てを遅らせるわけにはいかない。
現在も俺のせいでボスはこの島に足止めを食らっている状態だ。現状を打破しないといけない。
俺に出来ることはあるのか?
それをずっと考え、今日は朝早く、寝床を抜け出し海岸を歩いていた。
ボスと寝泊まりしているのは、少し大きめの平屋だ。the 日本家屋だ。茅葺き屋根で和服が似合う風情のある家だ。ここで地平線に沈む太陽を見ていると時間の流れがゆっくりになった錯覚に陥り、幸せな気持ちになってしまう。ボスも時々だが「もう全て忘れてここで暮らすのもいいじゃん」と遠い目をして言うことがある。俺はその姿を見ると胸が締め付けられる。
ボスには偉大な夢がある。
悪の十字架という小悪党が考え付くようなネーミングの組織を立ち上げているが、部下は多い。ボスなので、俺だけに構っている暇はないんだ。
ボスはボスの仕事をしないといけない。
フッとボスの寝顔を思い出す。
平屋にあった煎餅布団で寝るボス。
うつ伏せになって、眠っていた。朝日がボスに差し込み、天使に思えた。でもその頬に涙が流れた痕があった。
俺は馬鹿だった。
ボスを助けるのが俺の役目だ。
今日はそのために海岸に来た。
手には空き家から手に入れた包丁を持っている。年季が入り過ぎているので柄がボロボロで刃こぼれが酷い。
本当だったら、しっかり研いだ刃物が良い。肌を切り裂いた時の治りが違うからだ。俺は普通の人よりも傷の治りが早いが、痕が残るのは嫌だ。女のような思考回路だが、それには理由がある。
傷を入れることで多少残る傷を見た人が、悲観的な視線を送るからだ。
俺は弱い人間と思うなと言いたい。異能を使う上で仕方ないことだ。だから、出来る限り、傷が残らないようにしていたがここでは緊急事態だ。刃物を選べる立場ではない。
俺にも出来るか、実験がしたい。
ボスが言うには、目の前に人や物を転送することは簡単だと。しかし自分自身を任意の場所に転移させるのは難しいという。
条件として、媒介となるモノを体全体に纏う必要がある。
俺の場合は血が媒介だから、体全身に血を浴びないといけない。
ボスもその要領で俺のところに転移して来た。何を媒介にしているのかは聞いていないが白い液体みたいだった。
自分を任意の場所に転移出来るようになれば、俺たちが乗ってきた船に移動出来る。
移動することが出来れば、こんな島を脱出出来る。
本当だったら、船など経由せずに陸地へ転移したいが、最初の内は目に見える範囲で転移の練習が必要らしい。
「よし。やってやる」
「止めたほうが良いんじゃん?」
「ボス!?」
俺は後を付けられていたらしい。
「オレ様が郎士くんのところに来たのは自殺を促しに来たからではないよ」
「でも、ここから出ないとボスの理想への遅れが出ます」
「郎士くんが焦らないでも良いんだよ。オレ様が君のところに来たのはねぇ。司令を下すこととこの島に来たかったのさ」
司令があるのは、聞いていた。
しかし島に来たかったというのは初耳だ。
「郎士くんは悪の十字架の秘密基地がどこにあるか知っているかい?」
秘密基地?
初耳だ。そんなモノがあるのか。
「知らないです」
「やはりね。古いデパートがあるんだそこを間借りしているんだ」
「ま、間借りですか?」
「驚くよね。オレ様もびっくりしているよ。しかもオープンが10時だからそれから閉店の21時までは使えないんだよ」
ん?
オープンが10時?
開くの10時か?
だから悪の十字架なのか?
あくのじゅうじか。
ギャグだ!
多少のショックを感じる。
「ここは国家管理下の島なんだ。電気系統をいじれば、管理が行き届かない秘密基地だ。オレ様はここで国を支配する。ここから始まりなんだよ郎士くん!」
なるほど。
俺は、ボスの役に立ったのか。
警察に捕まったことも、この島に送り込まれたことも全て、ボスのためになった。
俺はホッと胸を撫で下ろし、沖にある船を見た。
「あの船に行きたいんだね郎士くん。でも君の異能では、失血死するね」
そうだ。
体全身に自分の血を使うと、失血死の可能性が出て来る。
しかも、そんな大量な血を出すには、傷口も大きくなる。後遺症が残る傷は避けたい。
「だからオレ様がここにあるモノを転送する」
「!?」
何故か、ボスは胸を露わにした。
「あまり見ないでくれ。異能を使うのは恥ずかしいじゃん。郎士くんのは血だからカッコいいけど、オレ様は母乳だ。あ! 勘違いしないでくれ! オレ様は産まれながら、母乳が出る女だったんだ。妊娠もしていないのに、母乳が出る女は良く苛められた。悲しいことに同性にも異性にも、非難の嵐だよ。コントロールが出来ない頃は、よく上着を母乳で濡らしていたよ。悲しい想い出さ。この時だったよ。正義のヒーローはいないと思ったのは。この世は悪党ばかりだ。良いことなど1つもない。良く言うじゃん? 努力は実る。正義は勝つ。神様は乗り越えられない試練は与えない。とか、ヘドが出る。成功者だけの言葉を。オレ様はねぇ〜あれが嫌いだ。好きではない。おっと!? また話し出したらオレ様は止まらない。オレ様はお喋りだから話させてくれよ。良いじゃないか。時間はある。人もいない。話し相手は郎士くんのみ。船の上で言ったじゃん。オレ様はこの世界の変革が目的なんだ。言葉だけ存在する平等。これを崩壊させようじゃないか。この世界は異能者や能力者、力を持つ者。言い方は違えど、存在するんだ。潜んでいるんだよ。政府が用意したこの島、存分に利用しよう。彼らのことだ。オレ様たちみたいな普通ではない者を持て余しているに違いない。だからここに集め、最後は………分かるだろ? 分かりやすいじゃん。至ってシンプル。単純かつ秘密裏に死滅出来る。残酷だろ? 郎士くんは、何も知らなかったろ? こんなことになっている。こんな残酷なことが少しづつ、動いている。オレ様には部下が多いんだ。能力者でもない一般人もオレ様の思想に賛成して、付いて来てくれる。郎士くんが船に乗せられ、この島に送ることを教えてくれたのは誰と思う? 教えようか? 郎士くんを尋問していたあの女刑事だ。あの女刑事は、正義のヒーローのふりをしているが、実は違う。ただ、ただ、守りたい者がいる弱く、儚い、生き物なのだよ。さぁそろそろ転送をする。ちょっと待っててくれ」
俺はボスの話を聞きながら、視線を逸した。
あの女刑事もこちら側だったのか、分からないものだ。だが、そんなことはどうでも良い。
ボスが俺を頼っている。
これから司令も貰える。
俺の力がどの程度、使えるのか証明してやる。
「お、来たよ」
地面に母乳が付いた拳銃が転がっていた。
あと母乳の付いた大量の人工的血液製剤が転がっている。
「これは?」
俺は拳銃を握る。
これは日本の警察官が持つニューナンブM60と言われている拳銃だ。使ったことはないが、馴染みがあると言えば馴染みがある拳銃だ。
「簡単なことじゃん。その拳銃でとある男のアレを撃ち抜いて欲しい。代替血液は郎士くんの血液と混ぜて量を補う為に使ってくれ。これで血の量は少なくて済むよ」
とある男とは分からない。
アレというのも何を指しているんだろうか?
「それが司令ですか?」
「ちょっと違う。郎士くんの異能は、メリットが大きいんだ。それを補うパートナーを捕まえて欲しい。そして、あともう1人、組織に加えたい人間がいる。こちらが本命だよ。パートナーはもし無理なら仕方ない。郎士くんはその異能のみで頑張ってもらう。今後、辛くなっても泣き言は聞かない。いいね?」
理解出来た。
俺の異能は、命を削る。ボスはそれを案じているんだろう。優しい人だ。そしてこれは司令ではない。アドバイスだ。必要無いと判断出来れば、パートナー候補を亡き者にしても良いということだ。
しかし、疑問が残った。
今の言葉の中に、とある男のことが出てきていない。
聞くべきか、聞かないべきか。悩みどころだ。
「とある男は、詳細はまた連絡する。少なからず、その3人は同じ地域にいることは確かだ」
全てお見通しだな。
さすが俺のボス。
「さあ行きなさい。オレ様はここで朗報を待つよ。これで郎士くんも転移が出来る。コツとしては、余す所なく血を全身に塗ることだ。もちろん、郎士くんの血液と代替血液をしっかり馴染ませてから全身に塗るんだよ。血が薄いと転移は出来ないからね。あと転送能力は自分自身で制限しているところが大きい。転送能力者は基本的に、物も人も何でも転送が可能。楽に行こうじゃん。そしたら、もっと自由になる」
「承知致しました。必ず、ボスの求める人間をここに連れて来ます」
「待っているよ」
俺は深く頷き、人工的血液製剤を強引に破った。その後で、体の至る所に流血する程度の力で包丁を刺す。
痛さには強い方だが、やはり痛い。
涙が出そうになる。
しかしボスが見ている中、泣くわけにはいかない。こんなの屁でもありませんという雰囲気を見せる。
ある程度、血が流れるのを確認すると体に付着している人工的血液製剤を皮膚の上で俺の血と混ぜ合わせ、体全体を馴染ませる。
チラリとボスを見る。
痛そうに身をねじりながら、両手で目を覆っている。しかし、しっかり指の間からこちらを見ている所を見ると、ボスも女性だということが分かる。
それもそうだ。
血が出るところなど、気持ちが良いものではない。ましてや、今は人工的血液製剤で俺は真っ赤だ。子供ならトラウマになる可能性もある。
そろそろ良いだろ。
転送の感覚はいつも一緒で良いはずだ。
頭で想像する。
船の上を。そしてそこに俺が転移するイメージをすれば………。
次の瞬間、頭を引っ張られる感触が襲い、生暖かいお湯を通り抜けたと思うと俺は船の上に立っていた。
「成功だ!」
俺は思わず、ガッツポーズをして叫んでしまった。
そして、
「あ」
俺は自分が血だらけの全裸であることに気付いた。
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