【KAC20211】例のアレのせいで失業した俺が、おうち時間でスライムになって勝ち組になる!

とざきとおる

そうだ、スライムになろう


「……申し訳ないけど。こういう事情もあるから、クビってことね」


「あの、私に何かダメなところがあったら最後に教えてもらえますか」


「そんなのはないよ」


「だって、俺がクビになっても、他の人はクビにはなってない人もいる。なら、きっと俺になにかあって」


「……本当にないんよ。よくやってくれてる。だけど、このご時世だしね。ゆるしてね」


 その日、俺が食いつなぐためにやっていた仕事は消え去り、無職となった。


 それが4月中頃の話だ。







 5月。


 ニートと言うのは社会的に一番クソみたいな存在だと言われている。父親にクビになったことがなぜかバレ、さっさと再就職をしろと怒られた。


 別に俺だって働きたくなくてニートになっているわけではなく、ご時世的に仕方がないタイプではないかと思う。


 そして、働くのめんどいなぁ、と思っていた時期になつかしさを覚えるくらいに、今の俺にはやることがない。外には出られないし、だからと言って何か趣味があるわけではない。


 いや、ないわけではないが、俺の趣味は食べ歩きなのですこぶる今の時期と相性が悪い。


 ほんと、マジでアレ許さねえ。


 これからようやく生活にも軌道に乗り始めるだろうと思っていたのに。


 現在、ステイホームがほぼ義務だ。何もやることがないというのは意外に苦痛だ。仕事を探そうにも外に出るワケにもいかないしこのご時世では雇ってくれる場所もないだろう。


「はぁ……」


 他に思いつくことも全部アウトドア。ずっと中学校から運動部、大人になってからでも活動場所だ、公私ともに大体外。インドアな趣味なんてなかった。


(漫画とかゲームは嫌いじゃないけど、仕事がない中で浪費は避けないとな……)


 そんなこんな日々スマホで動画サイト見たり、ネットサーフィンしたりを続けているのだが、さすがに2週間も続くと飽きてきた。マジで。


 最近は何の成果も進展もなく、ただ1日が経過するのを待つのも結構地獄だ。


(自然の一括りにしてどこか忌避していたけど、意外と自分がなってみると見えてくるものもあるな)


 こうした地獄をずっと長い間味わっている奴もきっと世の中にはいるのだろう。いや、俺はスマホがあるからまだいいが、それすらない人だっている。俺に用に止むを得ない事情で無職という人間も世の中には一定数いるのだろう。


 その中でも何かをして必死に生きようとする人は、たとえ稼げてなくても馬鹿にするもんじゃないな。


 だが、そんな俺は何もすることが思いつかず結局動画サイトを見ているのだから、俺はクズの部類かもしれない。


「ん?」


 ふと目にしたのは、生の人間ではない、絵がゲーム実況している変な動画。


「こいつ……自分を晒す勇気もないのに生配信してるのか?」


 別に嫌味をいったつもりはない。ただの疑問だった。


 その動画をじっくり見てみることに。やはり配信業をやっているだけあって見ごたえはある程度ある実況だったが、その間、動画への反応コメントが盛り上がっているのを目にする。


「なつはねー、このキャラのまるまるとした体が好き。もーっていうところも良くない?」


 可愛い女の子の絵がまるで本当にしゃべっているかのように動いている。


 ウインクした。


 その時、俺に電流走る!


 可愛い。そう一瞬でも思ってしまったが最後。その配信をずっと見てしまっていた。


 後で調べてみると、この子は、ナツキツナと言われる『ばーちゃるゆーちゅーばー』なるものらしい。こうして絵を動かしながら配信を行うのが仕事らしい。


 別に突出して実況が上手だったわけでも、ゲームがうまかったわけでもない。それでも見ていられる。彼女にコメントを残す人達も概ね好印象だ。


 俺は彼女にハマった。実況だけでなく、他の企画等に挑戦する彼女をずっと見ていた。


 アイドルなどにハマるものか、と2年前豪語していた自分に申し訳なさも感じつつも、俺の今の生活に新たな活力がみなぎってきたのは事実だ。


 当然良くない印象を持っている人もいる。新手のキャバクラか、ユーチューバーに夢を見る馬鹿どもだ、などという連中もいた。悲しい人たちだ。


 結局行動に起こさなければ成功はない。彼らは行動を起こしているだけ、傍観者より偉いのだ。ちなみにこれは前の職場の先輩の受け売りだ。俺は頑張っている応援したいと思う。


 俺はこの界隈についてより広く見てみた。すると、あら不思議。時間がどんどん溶けていく。


 この手の配信者は、悪魔だったり天使だったり、鬼だったり、女神だったり、それが何人もいるのだが、全員違った個性があって面白い。何より男も少なからずいて、別に格好いい路線じゃなくても人気な人もいた。


 いろいろな人に手を伸ばしていくうちに、いつしか24時間じゃ全員の配信を見るのが足りないくらい多くのバーチャル配信者のファンになっていた。


 しかし、人と言うのは残酷だ。


 俺は気が付いてしまったのだ。


 これでは生産性がない。


 いや、応援することはいいことだ。だが俺は投げ銭ができるほどリッチな立場ではない。結局見ることしかできないし、その時間、俺の心は満足しても、俺には満足感以外のメリットがない。そんなことに時間を割いている暇はない身分だろうに。


 ……はぁ、せっかく夢中になれるおうち時間の過ごし方を見つけたけど、諦めるしかないか。


 まるで子供の頃、夢中になっていたゲームを取り上げられた気分だった。


 まさか大人になってこんな苦しみを味わうことになるとは。


 どうすればいい。


 せめて、この行為に付加価値をつけたい。後ろめたいことなどなく配信を見られるようにはなれないか。


 その時、精神的に追い詰められ、配信を見るだけが救いという、追い詰められていた俺はとうとう発狂してしまった。


「そうだ、俺もなろう」







 周りに『バーカ!』と怒鳴られそうだ。それこそ野球を見て野球選手になりたいという子供の発想だった。


 しかし、その決心の日から俺のおうち時間はずっとバーチャルブイチューバーの配信を身ながら、その配信の仕方を研究した。


 充実した1か月だった。


 いよいよステイホームが義務じゃなく努力義務になった6月中旬。


 それでも俺はこの行為を続けた。まあ、一応バイトは始めたが、生活できる最低限の文だけ働いて、あとは研究に注いだ。


 今ではすっかりおうちにいることが多くなったのではないだろうか。


 そして、稼ぎを使っていろいろと活動を始めるための準備をした。


 その準備はめちゃくちゃ大変だったがここでは省こう。語りだしたら長くなって、恐らく3時間の配信ができるようになる。


 そして8月。


 俺はデビューしてしまったのだ。


 早すぎると思ったこともあったが、何事も行動だ。失敗は笑われればいい。炎上を起こさない限りは、ただ呆れられるだけだ。


 まさかスライムブイチューバ―になってしまうとは思わなかったが、それは俺が雑魚兵並みの配信者であることを表している。


 最初は当然振るうはずもない。配信なんて5人来てくれればいい方だ。動画も50回再生されれば嬉しいもんだ。


 運動部マインドが功を奏している。最初はザコ。必死に鍛えて努力して、それで先輩を追いかけるのだ。その過程が、本当に中学校の楽しい頃を思い出せて楽しかった。


 ゲームも配信もぎこちなさ全開ではあったが、研究の成果はある程度あって、一応配信の形にはなっていた。本当に弾丸準備でも研究はやっておいてよかったと思う。


 まずは収益化を目指そう。遥か遠い道だが、俺には時間がある。おうちから出られないのなら、このおうち時間を楽しむのだ。







 8月。チャンネルメンバーはまだ77人。いや、それでも恒常的に12人くらいとしゃべりながら配信できるのは毎日楽しい。少なくともあの地獄よりは。


「ん?」


 SNSにダイレクトメッセージが?


「なに……!」


『こんにちは。レインボースライムさん。私、動画サイトでナツキツナという名前でやってる――』


 俺は目を疑ったものだ。


『今度、一緒にゲームやってほしいんです』






 *******



 12月。


 今日は1か月に1回のナツキツナとレインボースライムという個人勢V配信者のゲーム実況が行われる。


 彼は10月のナツキツナ主催オンラインゲーム実況コラボで大バズり。ナツキツナというビッグネームがひそかに注目していた彼は、ゲームが壊滅的に下手だが、笑い飛ばして徐々に上手くなっていく姿、そして感情によって自分の色を変える感情表現が人気だ。


 レインボースライムはこのコラボをきっかけに驚異的な追い上げを見せ、メンバー5万人。今では2人のコラボは多くの人が注目する巨大なチャンネルの1つとなった。


 レインボースライムは以前、自身の配信で答えた。


『おうち時間も悪くないよね。まあ、最初は何もできねえと絶望したもんだけど』


『世の中には意外とやれることが転がってる。まあ、俺はみんなに支えられて結構幸運なほうだけどさ。それでも、このご時世を恨むんじゃなくて、このご時世だからやろうと思えることをやると、意外と楽しいもんだよ?』


『え、なに、親父? ああ、今は喧嘩中だよ。せっかくみんなに支えられて新しい仕事できたのに、そんなふざけた仕事やめろー、男なら汗水流して動け、ってさ。はははははは。この仕事は思った以上に全然楽じゃないんだけど』


『けど、やっぱり行動1つで楽しいことも見つかるもんだよ。おうち時間に俺は感謝感謝だ』


 彼は今、楽しいと口にしていた。


 そして彼も公言している何より楽しい時間が今、生配信という形で過ぎていく。


「え、うわ。マジかよ、苗枯れてんじゃん! ガァ、なんでだ」


「スラちゃん。これ」


「え、肥料入れすぎ? 水が少ない? これそんな細かいのか!」


「ねースラちゃん、緑になってるよー。怒っているときは赤じゃないのー」


「あれ、やべ、赤あか赤あか」


「あははははは! スラちゃん。今度は透明だよ」


「なに、消えてるじゃないか俺ー!」 

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