277.近づく時

「おかえり」

「ああ、ただいま……変な話だな、さっきからずっとここには居たはずなのに」

「ん」



 精神世界から意識を戻した俺は、両手をにぎにぎと繰り返し体に異常がないことを確かめる。ついでにラルの様子も確かめてみるが、かなりの銃弾が補充されているようだ。しばらく魔石を回収する機会がなかったから、これは助かる。



「そういえばあの魔力、勇者様にも纏わりついてたわよ」

「え」

「久々に聖剣と話せたよ。どうやら、また強くなれたらしい」



 ……なるほど。確かラルが以前、『私達のような意思を持つ武器は、使用者と共に成長する』と言っていたな。去り際に言っていたセリフは、これを予見していたということか。


 少し話を聞いてみると、聖剣の成長もラル=フェスカと同じく、相手の技能を吸収したかのような能力を得ることがあるらしい。



「でも普段なら、一対一での戦闘で討伐しないと吸収は出来ないんだけど……」

「文献によると、極めて強力な個体を仲間と共に討伐した場合でも、聖剣の成長を確認した記述があります。今回のカナロアは今までとは比較にならない強敵でしたし、そういうことなのでは?」



 聖剣の情報は文献の資料が残されているのか。勇者が過去にどれくらい生まれていたのかは知らないが、そういった先代の知恵があるのは正直羨ましい。



「あの強さでまだ発展途上なのか。まぁ物語を考えればそりゃそうなのかもしれないが、規格外すぎて想像が付かないな」

「うん、英夢だけには言われる筋合いないからね?」

「私達からすれば、二人とも化物の領域ですけどね~」



 おいこの教師、元とはいえ自分の生徒を化物呼ばわりしたぞ。



「早速手に入れた能力を試したいところだけど……うーん、これはちょっと迂闊に発動させるわけにはいかないな」

「俺も似たようなものだ。というか、これを必要とする場面に遭遇したくない」



 この纏身が必要な場面というのは、周囲の被害を気にする余裕がないほど切羽詰まっている状況ということになる。最悪の場合、俺の方にお咎めが来そうな予感がするし、御免被りたい。



「なるほど、これが人外達の贅沢な悩み」

「言い方がひどすぎるし、お前が言うとややこしいだろダークエルフ」

「あはは……でも確かに、どんどん人間やめてる自覚はあるんだよね」

「……まぁ、それに関しては俺も否定できない」



 だがだからと言って、以前に戻りたいとは少しも思わない。この荒廃した世界で生き続けるためには、まだまだ強くならなければならないのだ。



(それに、今更人間でなくなったところで、何かが変わるわけでもないだろうしな)



「ところでエイム様、宝物庫からの口振りからして、このカナロアはこちらで回収しても?」

「ああはい、もう俺には必要のないものなので」

「分かりましたわ、アンズ様、お願いできます?」

「はいはい~、お任せあれ~」



 そうして一ノ瀬先生は、完全にただの石となったカナロアを再び影の中に沈めた。宝物庫から取り出し、また宝物庫へと戻すことになるので、結果的に二度手間になってしまうが、流石に魔力吸収を宝物庫の中でやるわけにはいかなかった。


 あれだけの品々の中で、魔石の魔力を解放させてしまえば、何かの魔導具を誤作動させてしまったかもしれないし、最悪壊してしまう可能性もあった。必要な二度手間だったと言える。



「そういえば、シルヴィアは何を選んだんだ?」

「私はこれよ」



 そう言ってシルヴィアは、左腕についているブレスレットをこちらに見せつけて来る。金色に輝くブレスレットはシルヴィアの銀髪の対比になっており、純粋に装飾品として見てもよく似合っている。



「『金盾こんじゅんのブレスレット』、魔力を予めチャージしておくと、任意のタイミングで小さい盾を貼れるの。エイムの銃弾も一発くらいなら防げる性能のはずよ、流石に『暗黒式電磁砲ダークネス・ボルテッカー』は無理でしょうけど」

「十分すぎるな」

「溜めなきゃいけない魔力が馬鹿にならないから、使えるのは戦闘中に一度限りだけどね。緊急時の防御手段ってとこかしら」



 リーゼの『救命のブローチ』に引き続き、防御手段が増えたのは嬉しいことだ。俺達は自身の戦闘力や相対する敵の攻撃力の割に、防御力に乏しい側面があるから、こういった手段で補えるのは大きい。



「リーゼは世界樹の枝だったよな?杖ってどうやって作るんだ?」

「【木工士クラフター】の職業に就いている人なら作れる。だけど、世界樹の枝を素材に扱える人は知らない」



 ダークエルフの森には世界樹なんて存在していなかったし、王城の宝物庫に保管されているくらいなのだから、人族にとっても貴重な素材なのだろう。それを扱える職人というのはかなり限られてくるはず。



「マリア様、心当たりとかありません?」

「そうですわね……腕のある【木工士クラフター】には何人か心当たりがありますが、今は皆さん行方知れずなので」

「あー……そういうこともあるのか」



 世界の混合によって、連絡が取れなくなってしまったのだろう。もしくは、こんな海の孤島では仕事にならず出て行ってしまった可能性もある。後者の場合、確実にマリア様にとっては地雷だろうから理由を問い詰めるのはやめておこう。



「もしよろしければ、見つかった時のために紹介状を用意いたしましょうか?」

「それはありがたいですけど、良いんですか?」

「ええ、折角宝物庫から持ち出された素材を腐らせてしまうのも忍びないですし。ですが三年も放置してしまっていますので、紹介状を読まれたからといって首を縦に振られるかは微妙ですね」



 確かに、何となく腕のいい職人って気難しい人が多いイメージがあるし。



(親友達の無事も確認できたし、シルヴィアの問題も一応解決して、こうして褒美も受け取った……そろそろかもな)



 何となくそれを考えるのが嫌で、先送りにしていたことではあるが、いい加減考えなくてはいけないだろう。



「……英夢君?どうしたの?」

「ん?……ああいや、何でもない」



 別れの時が、近づいている気がする。



 

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死神となった青年は、荒廃した世界を生きる 阿斗 胡粉 @gop_SR

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