276.白衣の少女

 瞼を開けると、そこに広がっていたのは何もない、それでいて無限に広がる世界。予想通り、海王カナロアの魔石はあの条件を満たしていたらしい。



(それにしても……この前来た時より、少し景色が変わっているな)



 以前この場所に入った時、そこは1寸先を見渡すことすら難しい暗闇の世界だった。だが今は光と闇が混ざり合う途中のような、そんな景色が広がっている。それはさながらトリックアートのようで、長時間この場所にいると気分を害しそうだ。



「やっほー、エイム。久しぶりだね」



 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには相変わらず体のサイズに合っていない黒のコートに身を包んだ幼き少女の姿があった。



「久しぶりだな、ラル」



 少女の名はラル。俺の愛銃であるラル=フェスカの片割れであり、無機物でありながら意思を持つ武器である。



「この前来た時と景色が異なっているが……前と同じように、俺の精神世界なのか?」

「その事実は変わってないよー。世界が変わったのは、エイム自身が変わったからだね」

「俺が?」

「うん。エイムが本当の意味で、自分の中にある暗闇を取り払い始めているってことだと思う。あれから色々あったもんねー」

「……そうだな。色々あったよ、本当に」



 桜先輩や俊達、もしかしたら二度と出会ないんじゃないか、そう思っていた人達と再会した。初めてラル=フェスカを人殺しに使った。そして何より、シルヴィア達に自分の過去を吐露した。


 前回、ダークエルフの森でラルと出会ってから今日までの期間はたったの数か月だが、それでも俺は大きく変わったと断言できる。



「その証拠に……やっと出てこれるみたいだしねー?」

「ん?」

「ほら、後ろ後ろ」



 ラルに促され振り向いてみると……白いローブに身を包んだ少女が一人。その姿はラルにとても似通っていて、ローブの色が黒色ならまず間違いなくラルだと思う。



「ほらっ、挨拶」

「は、初めまして、マスター。いつも一緒に居たのに、初めましてというのは少し変な感じですが……」

「……フェスカ、なのか?」

「え、えっと、その……はい、その通りです」



 フェスカは人見知りしているのか、言葉が少したどたどしい。最初からなれなれしかったラルとはえらい違いだ。



「銃の姿だと結構違いがあるけど、こっちの姿はそれなりに似ているんだな、服装は違うけど」

「まー人格はともかく、姿形はある程度エイムのイメージに引っ張られてるからね。同じ銃で姉妹みたいなもんだし、似るのは必然だと思うよ」

「俺のイメージ?俺はお前らのことを幼女としてイメージしたことはないぞ」

「じゃじゃ馬だとは思ってたじゃん」



 ……確かに、そういう意味では子供っぽいというイメージを持っていたのかもしれない。じゃじゃ馬なのはイメージなんかじゃなく、れっきとした事実だと思うが。



「はい……私達を扱うのは、並大抵の技術では不可能です。マスターも射撃こそ天性の才を有していましたが、やはり異界の住人だけあって、最初は苦労していましたよね」

「フェスカの魔力問題は本当に深刻だったからなぁ」

「す、すみません」

「いや、責めているわけじゃないから」



 むしろ、彼女達にはお礼を言わなければならない立場だ。



「ありがとな、お前ら」

「え」

「お前らが居なかったら、俺はカミラの迷宮を出ることなんて絶対にできなかったから。何百回、何千回死ぬことになってたか分からん」



 扱いの難しさ、そして俺の心の中にあった銃に対するトラウマを差し引いても、彼女達を使うことによるメリットは絶大だった。迷宮の中だけじゃない、外の出てからも、俺やシルヴィア達の命を何度も救っていたのは言うまでもない。



「にしし!今更言わなくても感謝は日頃から伝わってたよ!」

「そ、それに、私達もマスターには感謝しています。手入れを怠らず、力を手に入れてもそれに満足せずひたむきに鍛錬を重ねるマスターと出会えて、本当に良かったです」

「まぁ、まだまだ満足できる状況じゃないからな……」



 他の神と半ば敵対状態にあることが分かってしまったし、十王の脅威も無視できるものじゃない。俺は、もっと強くならなきゃならない。



「大丈夫だよ!そのために、強くなるために、私の力があるんだから!」

「わ、私も、精一杯マスターをお助けします!」

「ありがとう、これからも頼りにしてる。それじゃ、今回海王の魔力を手に入れて得た『纏身』の能力を教えてくれ」

「任せて!!」



 ラルから、今回手に入れた『纏身・淵装えんそう』の能力を尋ねる……ふむ、なるほど。



「前回のような器用さはないが……」

「それでも、強化にはなったでしょ?」

「ああ。前回以上に使用は難しそうだが、切り札になることは間違いない」

「前の『樹装』と同じく、連続使用は出来ないので注意してくださいね」

「分かった」



 前回と同じ制約に加え、今回の『纏身』は使用できる場面もかなり限られてくる。できればなるべく使いたくない類の能力ではあるが、きっとどこかで必要になる場面が来るはずだ。



「頑張ってください、マスター」

「勿論だ、これからもよろしくな」

「うんうん、フェスカとも仲良くなって安心したよー……あ、そうだ」



 ラルが俺を精神世界から遅れだすために指を振る直前、何かに思い出したようにその動きを止める。



「言い忘れてたことあった!」

「なんだ?」

「エイム今、勇者と一緒にいるでしょ?」

「……ああ、それが?」

「聖剣ちゃんに、よろしく伝えといてー」



 ……聖剣、ちゃん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る