0017:理知(2)

もちろん免許など持っているわけもなかったし、何より怒りに突き動かされての行動だったので運転は非常に荒く、車通りが多かったら確実に通報されていたところだが、平日の深夜であったため、通りは静まり返っており、とうとうウィルマは病院まで辿り着いてしまった。


病室の前には付き添いの警察官が二人立っていた。


ウィルマの顔を知っているわけでもなかったため、ウィルマが不自然なほどに近づくまで何も思わず、何もしなかった。そして、その間が彼らにとっては命取りとなった。


普通の感覚を持っている人間ならば目の前の人間に対して発砲することに多少なりとも躊躇いはあるものである。それが弾道をぶれさせたり、結局撃てないことになるのだが、ウィルマ自身も経験したことのないかつてないほどの怒りにそうしたまともな感覚はもう残っていなかった。


たとえ護身用といえど銃は銃である。目の前で顔面に撃ち込まれたら命はない。あまりに異様な光景にもう一人の警察官は動きが遅れた。


二発の銃声


病室内で待機していた警察官は眉を顰めた。


今銃声が聞こえて気がする。しかもかなり近くで。感覚で言えばそう、この病室の目の前で、まさか


そう思って銃の安全装置セイフティを解除した状態でドア横に控える。しかし、いくら待っても何も起こらないので慎重にドアを開ける。するとそこにはついさっきシフト交代の時に談笑した仲間だったものが二つ、そして血まみれで泣きそうな顔をしている少女が一人。


その警察官はすぐさまこう判断した。なぜかは分からないが、この病院内に侵入した犯人が手始めにことを進めやすくするために警察官を消したが、それを少女に目撃されてしまい、顔を見られるのを恐れた犯人は一時撤退した、ならば今すべきことは




「お嬢さん、大丈夫ですか?もし大丈夫ならばんなにが起きたか教えてほしいのです。」




膝をつき、優しくこう話しかける。そして、最後にその警察官が見たのは先ほどまでとは別人のような殺人鬼の顔をした少女。


ウィルマは障壁が全て取り払われたのでゆっくりと部屋内に侵入した。流石にここまで銃声が響き、様子を見に行った警察官が帰ってこないとあれば誰でも何が起きたのかわかるというものだろう。逃げ出そうと自分に刺さっているチューブを引き抜き、ベッドから出ようとした不幸な男は出口の方を見て固まった。


そこに立っていたのは確かに昼に謝罪しに行った時は落ち着いた様子で謝罪を受け止めた少女と同じ人物のはずであった。しかし、あまりに雰囲気が違いすぎる。そして、返り血を浴びたその様子はあまりに死神であった。




「お、俺を殺しにきたのか?どうしてだ、昼に謝った時は落ち着いて受け止めてくれたじゃないか!第一、あの夫婦も夫婦だ!道路の途中で動けなくなったライダーなんかのためにわざわざ車から降りて!ほっときゃよかったんだよ、そしたら俺もそこに突っ込んじまうことなんてなかったってのに!」




動転したあまり男は不満を爆発させる。男自身も入院が必要な怪我を負っており、それに対する苛立ちが最悪のタイミングで爆発してしまったのだ。男が喚き立てる間にもウィルマは一歩ずつ男に近づき、ベッドから出かけている男の腹を蹴り飛ばした。




「それは不幸だったわね。でも私にとってはあなたは両親を轢き殺した憎い犯人だし今聞いたことで同情の念が湧くどころかかえって怒りが増したわ。どうせもう三人も殺してるのよあなたの命だって助かることはないわ」




男を見下ろし、普段の様子からは考えられないような声色で凄むウィルマ。それでもなお何かを言いかける男の様子に完全に頂点に達してしまう。




「あんたにしたって前方不注意じゃないの?あんな道大して混んでないんだから目のほうよく見てればブレーキ踏めたでしょう!それが何?私の両親が悪かったて言うの?反省しないどころかこちらに文句を言うなんてどう言う了見よ!さっさと死になさい!」




一発撃つともう止まらない。全ての弾を男に撃ち込み、弾が尽きたら銃を捨て、ひたすらに顔面を踏みつけ、腹を蹴り飛ばし、周りにあるあらゆる器具を男に投げつけた。


男が肉塊になってもその暴行は止まることなく、背後から謎の人物に抱き止められるまで足を振り続けた。




「もうやめなさい、十分よ、あとはこちらにいらっしゃい……」




その人物によって気絶させられ、気が付いたら謎の施設内に。そして、いつかのノグチのように組織への勧誘を受けたのだった。




今再び、ウィルマはかつての凶暴な自分に戻っていた。


そして悪態をつきながら地面を蹴り始める。植物の根元というものは案外隙間が多く、実は一番動かせる部分は足なのである。そして、彼女は怒るとすぐ足を使う。


そしてすぐにとある事実に気がついた。植物にがんじがらめにされていては砂を操れたところでどうしようもないと思っていたが、砂ならば足元にあるではないか。これをどうにか触ることができれば操って植物などすぐに破壊できる。しかし問題は体を曲げることすら困難なこの状況で手を地面につけるなどほぼ不可能ということだ。




「でも、そんなの……よ」




どうも彼女は怒りが頂点に達した時の方が理性は吹き飛ぶかもしれないが知恵は働くようである。


彼女が言いたいのは一体どこを手と思い込むか、ということである。話を遥か古代に戻せば人間は四足歩行であり、手は足で同時に足も手だった。




「人間なんて!所詮少し知恵をつけただけの獣じゃないの!」




彼女はそう叫び、その瞬間彼女の意識はなくなった。

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神様今まで騙しててごめんなさい @sesamemagnet

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