うえの、そと
眞壁 暁大
第1話
外の世界を想像してみましょう、と教師が言った。
それを聞いた生徒のいずれもが腑に落ちないという顔をする。
誰かが言う。
外って、上のことじゃないの、と。
授業が終わって接続を切ると、坊やはひとりになる。
坊やは今見た光景を、心の中で反芻してみた。
彼の知っている外ではない世界があるのだという。
彼の知っている世界は、この小さくて真っ白な部屋と、部屋を出てすぐ、彼の目にはどこまでも続くように見える広い廊下だけ。
その部屋を横切って、朝と夜、反対側の壁についている赤いパネルに触れるのが一日の日課だった。
そうすることで「けんこう」を「かんり」している、と去年の教師は言っていた。
健康を管理、ということに気づいたのは今年だが、それがどういう仕組みなのかは坊やは知らない。
知ろうにも手掛かりがないのだ。
この小さな部屋に一人きり。あとはこまごまとした生活の世話をしてくれるのと、おしゃべりに付き合ってくれるまるいロボットが一つきり。
あとは小さなベッドと、小さなデスク、それからロボットだけが入れる小部屋があるだけ。
教師とつながる端末以外、何かを知るための手段はどこにもない。
ロボットは外の世界を知っている?
坊やはためしに聞いてみた。
「聞いたことはあります」と答えたのに顔を明るくして、続きを促してみる。
いわく、世界は大きな大きな筒のようなものであるということ。
筒は二重三重の構造になっていて、坊やとロボットのいる場所は、一番外側の筒になるということ・・・
違うよそれじゃないよ、と坊やは言い、教師の言葉と見せられたいくつかの光景を身振り手振りを交えてロボットに伝えた。
体をくねらせながら海を伝え、背を伸ばしながら山を伝えた。
ロボットはしばし沈黙した後、壁に絵を投影してみせた。
「こういうものでしょうか?」
映し出された景色に、坊やは大きく頷く。今まで壁に映し出されるのは空か森ばかりだったから、見たことのない山と海にはしゃぐ。
じゃあ次は、とふたたび坊やがリクエスト。
また沈黙があって、光景が切り替わった。
すっげー! と坊やは叫ぶ。
山を背景に、いくつものビルが林立する光景が壁には映し出されていた。
これが外の世界なの、と興奮ぎみに迫る坊やに、ロボットは少しだけ気落ちしたように聞こえる声で伝えた。
「これは昔の外の世界です。今は分かりません」
そうしてロボットは昔話を始める。
ウィルスや細菌が蔓延して、地上に人が住めなくなったことと、地下に住むことにしたとき、空気を浄化するために筒は作られたということ。
筒の内側の人ほど体の弱い人で、筒の外側の人はウィルスや細菌に対して免疫が少しだけ強いということ。
外側でも、筒の上の方に行くと外の空気の流入量が多いので、それだけウィルスや細菌に晒されやすくなるということ・・・
知ってる、と坊やが自慢げにロボットの説明を途中で遮る。
だから上の外には大人しかいけないんだよね、と。
そのうえで、坊やは期待を込めてロボットに聞いた。
上の外、その外には今見た山や海や、ビルがあるんだよね、と。
「今は人が住んでいませんから、ビルはもうないと考えられます」
ロボットがそう答えると目に見えてがっかりする坊やだったが
「ただ、山と海は今もあると考えられます」
との答えに再び興奮を抑えきれなくなる。
坊やは元々、上の外には興味があったが、上の外の外、……いや地上なのだから上の外の上、と言うべきなのだろうか? のことは今日まで知らなかった。
その後は一日中、就寝の時間までずっと様々な山と海とを壁に投影し続けて、歩いたり走ったり、寝転んだりしながらそれをうっとりと眺め続けた。
疲れ果てた坊やが眠りについたあと。
ロボットは部屋を出て向かい側の壁の赤いパネルの下、青いコンセントに触手を伸ばす。
強制換気の轟音が廊下じゅうを満たすなか、ロボットは黙ったままコンセントに接続。
坊やのメンタルが上層区への適性を持つという報告を送り込む。
これまでのバイタルデータから、坊やの抵抗力そのものは充分すぐれているということは判明していたから、ロボットはさらに
坊やは上層部のさらに上の方、曝露区や汚染区へのメンタル適性もある、と付け加えて報告を送信した。
曝露区や汚染区の実態をロボットは知っている。
知っているが、ロボットが関心を寄せているのはそこでも耐え抜いた、耐えきれなかった個体の遺伝情報の収集のみ。
それが採取できれば、個体それぞれの行く末には関心がない。
ロボットは候補を選定できた、ノルマを一つ消化した安堵に満たされて。
坊やはまだ見ぬ世界に抑えきれない興奮に満たされて。
二人とも、轟音の響く中、安らかな眠りについた。
うえの、そと 眞壁 暁大 @afumai
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