ハムスターは幸せの香り

左魚

第1話

 ハムスターという生き物は人生を狂わせるものである。

そう、私は思うのだ。

しかし、だ……

事の発端は何であっただろうか……?

手のひらの上のもふもふを愛でながら、私は思考をめぐらせる。

おそらく、事の発端は在宅ワークだったはずだ。

となれば、半年ほど前か。


 ――コロナの影響で在宅ワークになった。

とはいえ、私は一人暮らし。

だからなんか……寂しいんだよね!

なんて事をリモート飲み会で話していたら、ペットを飼うのはどうかと勧められた。

いやぁ……ウチのマンションペット禁止だし!

――翌日、ゴミ出しの際に私は

《小動物の飼育は可能》

エントランスの掲示板にそう張り紙がされていたのを見てしまったのである。

思えばこれが、人生を狂わせた大きなきっかけだったのかもしれない。


 そしてすぐ、私はハムスターをお迎えした。

白い売れ残りのジャンガリアンである。

実家ではハムスターを飼っていたが、上京してからは一度も触れていない。

「かわいい……なにこの、むり……」

ケージから何から一式揃えたが、まあ……大した出費ではない。

このもふもふふわふわの生き物と、同じ空気を吸えるという幸せ。

それに勝るものが何処にあるというのか!

素晴らしき哉、ハムスター!


 数日後リモートでの会議を終え、モフ太郎ちゃんの元へと向かう。

向かう、と言っても数歩。

「モフちゃんかわちぃねぇ……」

モフちゃんこと、モフ太郎はとても人に慣れたハムである。

おかげで数日で手乗りハム、というわけだ。

「んーー!モフちゃすこ……」

もふもふふわふわの白い毛皮に鼻を埋める。

スゥーーー、と思い切り毛皮を吸う。

どことなくポップコーンのような香り。

肺いっぱいにハムスターを感じる………。

これがこの世全ての幸福か、とモフ太郎をもみもみ。

手の中で眠そうにしている白い饅頭。

あぁ…なんてかわいいのか……

白くもふもふとした毛並み、つぶらな瞳。

このかわいい生き物だけで世界が平和になりそうである。

お迎えしてからSNSのアイコンは全てモフ太郎になった。

それから、ネットでハムスター用品を大量に注文した。

生活のすべてがモフ太郎になった、と言うべきだろう。


 在宅ワーク開始からひと月が経った。

今日もテレビではコロナにまつわるものばかり。

全く、嫌になる話題ばかりだ……

少しだけ憂鬱になる気持ちを彼方へ押しやるべく、今日も私はモフ太郎と戯れる。

「ねーモフちゃん今日もテレビは暗い話題ばかりだねぇ……」

んちゅー、とモフ太郎の背中に唇を寄せる。

うーむ……このこうばしい感じ、たまらん。

口元をくすぐる白い毛。

ふわふわもふもふ、あたたかい球体。

ハムスターは素晴らしい。

たぶん、神はハムスターを創造した時にめっちゃ気合入れた。

間違いないね。

ひと月前まで必要最低限の家具しかなかったこの部屋が、今ではハムスター用品まみれ。

幸せ空間になった。

「モフちゃんはふわふわだねぇ」

こしょこしょ、とふわふわの背中を撫でてやる。

間違いなく、世界一幸せなのは私だろうな。

そんな事を思ってモフ太郎の写真を撮る。

かわいい。

世界一かわいい。


 私の生活はモフ太郎中心だ。

大事なものはモフ太郎。

モフ太郎のためのお賃金、モフ太郎のための私。

今日はモフちゃんをお迎えしてから初めてのリモート飲み会だった。

もちろん、モフ太郎は自慢した。

あまりにモフ太郎、モフ太郎言い過ぎて友人が揃って

「フーンカワイイネ」

「ソッカーカワイイネ」

と感情を失ったかの様になったので少しだけ反省。

まぁ…でも?

かわいいものは仕方ないと思うの。

飲みながら

「ごめん、ちょっとモフ太郎キメるわ」

と言ったときのみんなの顔、忘れないよ……。

あんなに困惑と軽蔑、そして憐憫を友人に向けられた事があっただろうか。

何がいけないと言うのか……!

ハムスターをキメる。

まあ、つまりハムスターを吸うという事だが。

別に猫だって吸うらしいし普通だろう。

問題は、少しだけ頻度が……という点か。



 ああ、そうか。

ここ半年を振り返って分かった。

要するに、だ。

おうち時間✕ハムスター=中毒だったわけだな。

手の上の白いもふもふをもみもみしながら、一人納得する。

おうち時間にペットを飼おう。

飼いやすそうなハムスターにしよう。

そんな軽い気持ちでいると、大変な事になる。

そう、ハムスター依存だ。

ハムスターをもふもふしたい。

ハムスターを吸いたい。

そんなふうになってしまうのだから。


 ――気軽にハムスターを飼ってはいけないよ。

何故って?ハムスターは人を狂わせるんだ。

そうして人生をハムスターまみれに……なんて事もあるんだ。

そう、覚悟があるんだね?

じゃあ……

キミのおうち時間がハムスターと共に素晴らしいものになる事を願っているよ……


 これは誰の身に起きてもおかしくない、おうち時間の出来事。

あなたも、ハムスターと過ごしませんか?
















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ハムスターは幸せの香り 左魚 @Natsu_Tanuki

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