魔女のおうちは食べられない

HiroSAMA

お菓子の家

 気がつくと僕はになっていた。

 それも童話にでてくるような『お菓子の家』だ。


 話題の異世界転生ってヤツなんだろうけど、何故に家なのか。

 僕の冒険はどうやって始まるのか、気になって仕方ない。


 そのことを『お菓子の家ボク』は家主であり、生みの親でもある魔女のおばあさんにたずねてみた。


 おばあさんは『お菓子の家ボク』が話しかけたことにとっても驚いたけれど、ちゃんと質問に答えてくれた。


 元々の肉体にトラブルが起こって魂だけが飛ばされてきたのだろう。

 それはこの世界では稀にだけれど起こる話だ。

 お菓子の家に魂が宿ったのは、おそらく保存のためにかけた魔法の影響。

 そして、冒険なんかに出なくとも、ちょっとしたきっかけで魂は元の肉体に帰るだろう。

 そんなことを丁寧に教えてくれた。


 ローブ姿で大きな鍋をかき回す様子は、思いっきり悪い魔女だけれど、案外おばあさんは良いだった。


『ところで、どうして『お菓子の家ボク』を作ったの?』

「いい歳して恥ずかしいんだけどね」


 お菓子の家に住むのが子どもの頃からの夢で、そこに住めば毎日楽しく暮らせるにちがいないと思っていたのだとか。

 でも、虫や動物に食べられないよう魔法をかけたせいで、自分でも食べられなくなってしまったと苦笑いで教えてくれる。

 それに対して『お菓子の家ボク』は、『おかげで食べられないで済みました』と冗談めかして言った。


『それにしても、お菓子のおうちに魔女のおばあさんだなんて、まるでヘンゼルとグレーテルだね』

「なんだいそりゃ?」


 どうやら、この世界ではグリム童話は編纂されていないらしい。

 おばあさんが興味深げにたずねたので、『お菓子の家ボク』はいろいろ教わったお礼も兼ねて話す。


 森に捨てられた兄妹が、お菓子の家をみつけて食べてしまうこと。

 そして、それを魔女にみつかって怒られてしまうことを。


 最後ラストシーンは、おばあさんの気を悪くするといけないので黙っておくことにした。


『やっぱりおばあさんも、自分の『お菓子の家おうち』を食べられたら怒る?』

「当然だよ。この家は食べられるようにできてないって話したろ?

 毒の有無も確かめないでなんでも口にしちまうような子は、あたしがちゃんとしつけなおしてやらなきゃね」


『そっちなんだ』

「あたりまえだろ」


 『お菓子の家ボク』は、夢の結晶を食べられても許せる家主の寛大さを、自分のことのように誇らしく思った。


 そしてその時はやってきた。

 やってきてしまった。


 深い森を抜け、まるで童話の再現のように幼い兄妹が現れる。

 兄妹は『お菓子の家ボク』を見つけると、花に引き付けられる虫みたいに寄ってきた。


 『お菓子の家ボク』は彼らに、自分を食べてはいけないと警告しようとする。

 けれど、どれだけ警告しようとも彼らに『お菓子の家ボク』の声は届かなかった。


 それならばと、『お菓子の家ボク』は魔女のおばあさんを呼ぶ。

 それが上手くいったんだろう。

 森の奥から必死に走ってきたおばあさんは、鬼のような形相で『お菓子の家危険物』を口にした兄妹を叱りつけ、急いで解毒作業を開始した。


 おばあさんのお陰で無事一命をとりとめた兄妹だったけれど、兄の方は妹よりもたくさん食べただけ回復が遅い。

 また、駆け付けたときに無理をしたせいで、おばあさんの体調もよくなかった。


 そこでおばあさんは、軽症の妹に指示を出し、食事の用意や兄の看病を任せた。


 そこから先のことはよくわからない。

 ふたりに齧られたせいで、『お菓子の家ボク』にかかっていた保存の魔法が解けてしまったのだ。


 薄れゆく意識の中、以前隠した物語の結末をおばあさんに教えようとした。

 けれど、それをきちんと伝えるよりも先に、『お菓子の家ボク』の時間は費えてしまうのだった……。



【完】

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