天使のマッチングアプリ

木林 森

第1話 おうち時間

 世の中、便利になったものだ。スマホ1つあれば欲しい商品も美味しい食べ物も、どこにだって運んでくれる。金を稼ぐ事だって簡単だ。それに……人を抹殺する事も。


 あなたには殺したいほど憎い相手がいるかな? 


 私にはいないが、あえて言うなら”いた”。4年前に2人ほどね。もし、あなたがおうち時間を満喫している時、心底憎いと思っている相手がこの世から実際に消えたら、あなたはどんな感情を持つだろう?


 私はその答を知っている。それはもう言葉では表現できないほどの幸福感・充足感を得られるはずだ。経験者が語っているのだから間違いない。そして、その経験をした人も1人や2人ではない。


 100万円。


 1人の人間をこの世から消すための費用。あなたも私も手を汚す事はないし、我々に何かしらの不都合が及ぶ事も一切ない。100万円さえあれば、全くのノーリスクで1人の人間をこの世から抹殺できる。


 少し私の話をしよう。かつて私はパチスロのプロとして生活していた。開店時間に合わせてパチンコ屋に並び、狙った台を打つ。勝てると判断した時は閉店まで粘り、そうでない時はさっさと帰る。そんな生活を4年ほど続けていた。まぁ、1年で4~500万は稼げていたんだ。1人で生活するには十分な額だろう。


 その日は突然やってきた。あるパチスロ台を打っていた時、不思議な現象が起こる事に気づいたのだ。レバーをゆっくり叩くだけで……まぁ、細かい説明はヤメておこう。この業界でいう『攻略法』を、私は見つけたのだ。実際その攻略法を使った結果、1週間で160万の純利益を得た。凄いだろ?


 特定の店舗で1人がバカ出しすれば、店員に目をつけられるのは自然の成り行き。勝った店には2度と行かない。その店を根城にしているプロがいれば、トラブルは起こさない。そこら辺は細心の注意を払いうまくやったさ。そして、2ヶ月で1000万稼いだ頃かな。


 どこからともなく「ある機種に攻略法が存在するらしい」という噂が流れた。この業界、そんなうさんくさい話は星の数ほどあり、すぐに消えていくのが常だ。しかし、私が見つけた機種の攻略法に限っては……その存在は信憑性が高いと、徐々に噂は日本中に広まっていった。


 いずれ攻略法は世に出回る。そう思った私は、ネットでいち早くそれを売りに出た。


「1週間で100万勝てる攻略法を10万円で販売。効果がなければ返金に応じる」


 典型的な詐欺広告だが、それでも数名の購入希望者がいた。


 業界内で「本物の攻略法がある」という声がさらに高まると、同じように攻略法を売るヤツが出始めた。ライバル出現に焦ったものの、誰よりも早く売りに出していた私には大きなアドバンテージがあった。口コミという強力なアドバンテージがね。


「この攻略法を最初に提供したのは当社(もちろん会社などない)。攻略法最終販売価格:先着10名様のみ10万円」


 まともな感覚の持ち主なら、詐欺広告にしか見えないだろう。ところが「本物だった!」という口コミが最も古くから掲載されていたおかげで、金を振り込む者が続出したのだ。


 「攻略法が存在する」という根強い噂、そして「先着10名様」というアピールの相乗効果で、信じられないほどの大金が集まった。攻略法は本物だが、「先着10名様」ってのはもちろん嘘。


 やがてネットでその攻略法が出回る事になるが、その前に金を振り込んだ連中は何人いたと思う? ズバリ9716人。そいつらが全員、10万円ずつ指定した口座に振り込んだんだ。おかげで私は2ヶ月足らずで10億近い大金を手にする事ができた。今のユーチューバーよりよっぽど稼いでいるはずだ。


 ちなみに攻略法がインターネットで出回ったとたん、全国のパチンコ屋はその機種のコーナーを閉鎖。すぐに対策を講じ、瞬く間に攻略法など使えなくなった。私が10億を得た後の話だ。攻略法を売るタイミングは、これ以上ない完璧なタイミングだったと自画自賛したものだ。


 パチンコ屋という職場で体を酷使して働くより、家のパソコンでコーヒーを飲みながら攻略法の売買をする。その方が何千倍も稼げるとはね。世の中、わからないものだ。2ヶ月にして億万長者になった私だが、もう1つ大きな副産物を得た。


 どうして人は、一見眉唾のものに対して10万円もの大金を支払うのだろう? 私の売った商品(攻略法)は本物だが、世の中は偽物を売る詐欺商法で溢れている。健康になる水、幸運を呼ぶネックレス、金が巡ってくる印鑑……枚挙に暇がないとは、まさにこの事だ。


 そして私はこの謎に結論を得た。それは商品(攻略法)を売るため、メールのやりとりをしていた時だ。「攻略法を売ってくれ」だけでいいのに、余計な事を書いてくる購入希望者はたくさんいた。お金に困っているだの、彼女と結婚したいだの、私の記憶装置に不用な情報ばかり。「うざい」と思いながらもこれらに目を通していた時、一部の連中に共通する癖(性癖と言ってもよい)がある事に気づいたのだ。


「ひょっとして、この連中……」


 思った通りだった。私はその連中にいくつかの質問をし、期待した返事をした者に対して確信を持った。


 彼らの行動を私はコントロールできる。


 確信を持っただけでは、その命題が真とは言えない。それを確かめるべく私は、すぐに行動に出た。攻略法希望者の中からある男を選び、魔法の言葉(私はそう呼んでいる)と共に「1人の人物をこの世から消して欲しい」とメッセージを送った。


 中学3年の時、私はイジメにあっていた。イジめていたのは担任。「早く死ね」と言われる事は日常茶飯事。全教科の成績を改悪したのも担任だ。イジメられた理由は明白。性的誘いを頑なに拒否したから。そこからは筆舌に尽くしがたい壮絶なセクハラ・パワハラ・モラハラ、あらゆるハラスメントを受ける事になる。人格を否定され、とんでもない噂をクラスや他の先生に言いふらし、周りに人がいない所では暴力を受け……不登校になるまで10日もあれば十分だった。高校受験という大事な時期を目の前にして。


 部屋に引きこもった私は両親とのケンカも絶えず、17歳で家出する。ある日、悪い友達に誘われて行ったパチンコ屋は、まさに青天の霹靂だった。私の隠れた才能を開花させてくれたのだから。18歳で年収300万円を超えるプロに成長し、20歳になる頃は500万近く稼げた。そして22歳の時に見つけた攻略法のおかげで億万長者になる事も出来た。


 さらに私は……人をこの世から抹殺できる攻略法をも手に入れた。何と素晴らしい事だろう。私の意志1つで、どんな人間もこの世から消し去る事が出来るのだ。


 長年、恨みの対象でしかなかったあの担任だったが、今は心から感謝している。その感謝の気持ちは、最初にこの世から消えてもらうという形で伝える事にした。私が家で海外ドラマを見ていた時、そいつはこの世から消えた。


 実際にその事を知ったのは数日後。ソファでくつろぎながら高級ワインを飲んでいた時だ。たまたま流れていたテレビのニュースで担任の死を知った私は、意図せず大粒の涙を流した。あの壮絶なイジメを受けて以来の涙は、心の底から晴れやかな気持ちになれたからだ。歓喜の涙。そんなものは映画や漫画の世界だけだと思っていたが、まさか自分が実際に体験するとは夢にも思わなかった。


 これは商売になる。


 「誰かの死を求める人」、そして「その誰かを消し去ってくれる人」。この需要と供給をお金に換えない手はない。私は「天使のマッチングアプリ」を開発した。不登校になる前、ゲームプログラミング部にいた事も功を奏し、巷に溢れるフリープログラムのおかげで、開発はすんなりいった。もっともこのアプリを使うのは私だけだが。


 Twitter、Facebook、Instagram、Clubhouse……。私がおうち時間を満喫している時、『殺したい人がいる者』はSNSを通して勝手に語り、『殺してくれる人』も勝手に語る。もちろん彼らが直接「殺す」「殺したい」だのと語るわけではないが、ある特定の傾向ある言葉を必ず発するのだ。


 私の開発したアプリによるAIを駆使した自動検索は、それら需要と供給が近距離にあるものを結びつけてくれる。最新バージョンでのマッチング率は86%、そして実際に成果を出す率も68%。私から言わせれば、これは奇跡とも言える十分な数値だ。


 殺したい人がいる者―100万を払ってでも―に、私はある魔法の言葉と共にメッセージを送る。そのメッセージもAIが作成してくれるので、私の仕事は最終チェックだけだ。8割以上の者が返事をし、その中のさらに8割以上が100万を指定口座に振り込んでくれる。後は、彼らが望む「ある人物の存在」を確実にこの世から消し去るため、マッチングされた対象に連絡を取る。


 信じる信じないはあなた次第だが、私は彼らに行動を起こさせることが出来る。もちろんその「攻略法」は教えられない。今のところ同業者無しの専売特許で、私はさらに稼がせてもらっているからね。


 お金を払った後のルールは1つ。指定した人物の存在がこの世から抹殺される時(もちろん前もってその日時を連絡する)、依頼者はおうち時間を満喫する事。youtubeを見る、漫画を読む、キッチンで美味しいものを食べる、家族でゲームして過ごす……。とにかく家で楽しく過ごしてくれれば、全ての事は何の障害もなく進行する。


 事が済む前後でよく聞かれるのが『殺してくれる人』についての情報だ。だが、それにはお答えできない。手を汚さぬ者は、手を汚す者について知る権利はない。そして知らない方が、依頼者にとっても幸せだ。間違いない。


 さて、最後にもう一度聞こう。あなたには殺したいほど憎い相手がいるかな? もし100万でそれが叶うなら? 興味が無ければこのメッセージを無視する事。少しでも話を聞いてみたいなら、こちらにご返信下さい。

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