その少女、後世にて死神と謳われるもの

平成忍者

死神が生まれた日


「マイハニー、君はもうじき何才になるのかな?」


「機械のクセにボケたの? テディ」



 ベッドの上で腕組する可愛いクマのぬいぐるみの頭を小突く。

 少し力が入りすぎたのか、テディは背中からベッドに倒れこんだ。

 当然ながらテディはただのぬいぐるみではない。ベビーシッター用のクマ型ロボット、それがテディだ。



「エリス、君は明日には14才になるんだよ? 連邦は帝国と揉めててピリピリしてるんだ。万が一のことを考えて今日のフライトは延……」



 ベッドから体を起こしたテディの叱るような声色はアラーム音にかき消される。

 アンタはあたしのお母さんかっての。

 アラーム音に気を取られたテディを掴んでベッドと壁の隙間にポイする。

 壁の隙間から聞こえる文句を聞き流し、あたしはパジャマを脱ぎ捨てると制服に袖を通す。



「エリス、パジャマは脱ぎ捨てちゃいけません。ちゃんと畳みなさい」


「うるっさいなぁ!」



 あたしはベッドの上に這い上がってきたテディに向かってパジャマを投げつけるが、テディはくるりと横に回転して回避した。

 無駄に華麗な動きだ。生まれた頃からの付き合いのせいか、テディにはあたしのやることは大体予想できるらしい。

 それにしても最近のテディは本当に口うるさい。親友なのは確かだが、こうも五月蠅いとこっちが参ってしまう。



 制服をきたあたしは鏡で身だしなみをチェックする。

 はちみつ色のショートカットに寝癖ナシ。

 サファイアのような青い瞳に目ヤニなし。

 今日もあたしは最高に可愛い。



「じゃ、学校行って来る」


「いってらっしゃい、エリス。それでさっきの話だけど……」



 これ以上の小言はうんざりだ。

 あたしは部屋を飛び出すと後ろ手にドアを閉めた。




 ◇


 早く授業終わんないかな。

 あたしは電子端末に映し出された教科書から視線を上げ、ため息を吐く。

 授業終了まであと15分もある。

 教師の話を聞いてるふりをしながら、あたしは暇つぶしに宇宙史のページを読み進めることにした。宇宙史だけは嫌いじゃないし、少しは楽しめるだろう。

 あたしは液晶パネルを操作してページを読み進める。



 へえ、人類が宇宙に出て何百年も経ったのね。

 教科書によると今から300年前に新天地を求めた人類は地球から飛び出したらしい。あたし達の先祖は様々な惑星を開拓し、宇宙は連邦、帝国、共和国の三つに分けられている。

 最も小さいが商業が盛んな共和国。

 建国して100年ほどの帝国は実力主義社会。

 そして最も歴史のある我らが連邦はデカいだけが取り柄とか言われている。

 帝国や共和国がジワジワと国力や軍事力を高めているというのに、連邦は未だに身内争いや汚職ばかりだ。

 あたしはそんな連邦の片隅にある惑星エデンの月面都市に住んでいる。



 宇宙生まれで一度も本物の土を踏んだことのないあたしを勝手に憐れむ連中がたま~にいるけど、地上に降りるなんてこっちから願い下げよ。

 だって汚いじゃない。



 ――自然豊かな星で環境を壊さぬ生き方をしたい。

 惑星エデンはそんな考え方の大人が集まってるせいで、全然開発が進んでないのだ。

 だから生活はこの月面都市よりも不便だし、大きな虫や危険な細菌とかもウヨウヨいるってクラスメイトは噂してる。

 そんな汚いトコに住むなんて考えただけでゾッとするわ。

 環境保護のために今さら文明を中世レベルにしろっての? 冗談じゃないわ。



 月面都市はちょっと狭いけど空気や水も清潔だし、なにより便利で安全だ。

 ゲームにマンガ、映画だって見放題だし、とっても快適。

 何より危ない人が誰もいないってのが大きい。



 この月面都市は惑星エデンを防衛するため作られたから、管理は厳重で不審者は絶対に入ってこれないし、至る所に監視カメラがある。

 都市周囲に備え付けられた長距離ビーム砲台のおかげで並みの宇宙海賊ではこの月面都市に近づくことすら不可能なの。

 不満がないわけではないけど、とっても安全で快適なこの月面都市をあたしは気に入っている。

 今年からは『お楽しみ』が増えたことだしね。



 もうすぐあたしの14才の誕生日。

 それなりの高給取りな父におねだりして、今年のプレゼントはなんと飛空艇だ。

 値段はやや高めだったけど、去年のあたしの誕生日を仕事で忘れた罪は重いわ。

 仕事ばかりであまり家に帰ってこれないのだから、これくらいワガママ言ったって許されるはずよ。



 買ってもらったのは最新の小型飛空艇。

 小型だけど居住スペースはそれなりにあるし、外見もカッコいい!

 民間の飛空艇だからさすがに大気圏突入はできないけれどね。



 この日のために小型宇宙船の運転免許証だってとった。

 もう少し練習したら仲の良い友達を連れて月面をドライブする予定だ。

 きっと楽しくなるわ。

 授業が終わったらさっそく練習しないと。

 今日があたしの初フライトだ。

 ぼんやりと夢想していたらチャイムが鳴った。



「今日はここまで。今日からしばらく休みですが羽目を外しすぎないように。最近は帝国と連邦との関係が良くないのは皆さんも知ってますね? もし旅行の予定のあるものは……って、ちゃんと話聞いてます!?」



 担任の中年教師が騒ぎ始める男子生徒に注意するが、聞くはずがない。

 どうして男子ってこんなにうるさいのかしら? 

 まぁいいわ。さっさと行きましょう。

 荷物をまとめたあたしは仲の良い友達にウインクすると、足早に教室を飛び出す。

 何やらあたしの友人たちは誕生日にサプライズを計画しているらしい。

 サプライズにはサプライズで返すのが礼儀ってものよね?

 だから明日の誕生日の日に友人たちを月面ドライブをプレゼントしよう!



 ◇



 月面都市の宇宙船の停泊所を小走りで走り抜ける。

 こんなにも人気のないなんて珍しいわね。

 普段は輸送船が行ったり来たりしてるし、管制官の声がひっきりなしに響く騒がしい所なのに。

 愛機を停泊した場所へと駆けるあたしの前に何かが飛び出してきた。

 ビックリして立ち止まったあたしの前に浮かんでいるのは球形のドローンだ。

 この形……たしかこの港の管理AIだったはず。



『エリス君、一体何の用ですか?』


「ええと、ちょっと慣らし運転に行こうかなと……」


「慣らし運転? ということは最近入ってきた小型飛空艇はあなたのでしたか」



 戦々恐々としながら黙って頷く。

 管理AI特有の作られた硬い音声は少し苦手だ。

 もしかして今日はダメなのかな?

 さすがのあたしもぶっつけ本番で友人を乗せたフライトは避けたい。



「本当ならば許可出来かねますが、そういえばあなたは……。よろしい、30分だけ許可しましょう」


「いいの!? ありがとう!」



 あたしは満面の笑みでお礼を言う。

 テディと違って融通が利くじゃない。

 さすが高性能なAIは違うわね。



「ですが30分だけですよ? 少し不安要素があるので時間内には必ず戻るように。1分でも過ぎたらテディに連絡しますよ」


「うげっ……!」



 それは本当にやめて欲しい。

 お説教が寝るまでエンドレスになりそうだ。

 仕方ない。今日は30分だけ練習したら帰ろう。

 明日の朝早くに練習再開といこう。



 あたしは小型飛空艇に乗り込むと、操縦席に腰を下ろす。

 うん、最高にカッコいいじゃない!

 昔見た映画のパイロットみたいだ。

 えーと、まずは機体状況と酸素残量の確認をして……うん。問題なし。

 エンジンをかけると、管理AIから通信が入る。



『エリス君、船の係留を解いたのでいつでも発進できます。一つ言い忘れたことがあって連絡しました』



 なんだろう? あたし何かやっちゃった?

 管理AIの言葉にあたしは身構える。



『少し早いですがお誕生日おめでとう、エリス君』


「……あ、ありがとう」



 さすが高性能なAIはすごいわね、人間みたい。

 テディ以外のAIにこんなこと言われたのは初めてだ。

 あたしは良い気分で月面都市から飛び出した。



 ◇


「最高ね……」



 月面都市を飛び出して10分。

 あたしは目の前の光景に感動していた。

 青く美しい惑星エデン。

 何という美しさだろうか。

 そういえば月面都市から少し離れた場所に特別保護公園があったはずだ。

 半透明なドームに覆われた公園で、たしかテラフォーミングによって緑豊かな土地に変わってるんだっけ?

 今日は行く時間がないけど明日行ってみようかな。



 残り時間は20分。

 こんな素晴らしい景色を独り占めできるなんて……来てよかった。

 満足げに景色を眺めるあたしの耳に耳障りな音が鳴り響く。

 あっというまに気分は急降下。

 なによ、もう。相手は……管理AI?

 ふくれっ面で通信に応えようとした直後、何かすごい振動で揺れた気がした。

 ……宇宙空間で揺れ?

 気のせいよね?



 気を取られてるうちに管理AIの通信が切れてしまった。

 心配になってかけ直すが、繋がらない。

 変ね、こんなの聞いたことないわ。

 どうしよう、もう帰る?

 帰りの時間を考えてもまだ時間があるけど……。

 いや、帰ろう。

 何か嫌な感じがするし。



 そうだ!

 明日の朝はテディを連れて練習しにこよう。

 ずっと1人で練習してるのも寂しいしね。

 あたしは大人しく都市に帰ろうと操縦桿を握り、飛空艇を真っすぐに月面都市へと飛ばす。

 少し飛ばしているから行きよりは早く着くだろう。

 流行りの歌を口ずさみながら都市へ向かうと、警告音が鳴り響く。

 さっきから何? まさか宇宙海賊の襲来とかないわよね?。



 警戒してゆっくりと飛空艇を走らせると、レーダーに無数の反応があった。

 コクピットから覗くと、たくさんの破片が宙に浮いていた。

 行きにこんなのなかったはずなのにどこから来たのよ?



 あたしは大きく迂回して都市を目指す。

 大事な愛機に傷をつけるわけにはいかないしね。

 でも数が多いわね。

 あまりに多いデブリに慎重に飛空艇を進めるが、いくつかの破片が機体にぶつかったのか、小さい衝撃と共に音が響く。

 最悪! きっと期待に傷がついたわ。

 苛立ちながら外を覗いたあたしの目に信じられないモノが映り、あたしの思考が停止する。



「お、お父さん……?」



 さっき横切った肉塊があたしの父によく似ていたのだ。

 いや、ありえない。

 そんなの見間違いよ。

 あたしは首を振って運転に集中する。

 破片に注意しながら飛ぶこと数分。

 未だに月面都市は見えてこない。

 変ね、とっくに都市が見えても良い距離のはず。

 なのになぜ何もないの?

 見えるのはたくさんの破片、そしてそこが見えない抉れた月面のみ。

 


 道を間違えた?

 慌てて船の計器をチェックする。

 だけど飛空艇の計器はここが月面都市であると示している。

 ここが? 何もないここが月面都市?



 おかしい、こんなのおかしいわ!

 月面都市の座標はここで合っているはず。

 なのに月面都市が――あたしの故郷がない。

 夢? そうよ、これは夢なんだ!



 そう自分に言い聞かせようとするあたしの前に、たくさんの物体が横切る。

 バラバラになったそれはあたしと同じ学生服を身に纏っていた。

 ふいに強い吐き気に襲われ、うまく呼吸が出来なくなる。

 ありえない。

 こんなことあり得るはずがない。

 たった10分程度で月面都市が滅ぶなんて現行兵器ではとても無理なはず。

 だからこれは何かの間違い。



『……エリス君、大丈夫ですか?』



 息を吸っても苦しさが収まらず、苦痛にあえぐあたしの耳に聞き覚えのある声が届く。この声はさっきの管理AI!



「管理AI!? 何が起きたの!!」


「エリス君、聞きなさい。攻撃を受け、月面都市は滅ぼされました。あなたが……、最後の生き残りです」



 予想外の言葉に頭が真っ白になる。

 嘘でしょ……?

 きっとこれはサプライズ。

 それにしてもタチが悪いわね、手が込みすぎよ。



『……損傷が激しく、私は機能停止寸前です。あなたに伝……があります。襲撃者は帝国の新兵器――たった一機の人型機動兵器、です』


「……はぁ?」



 そんなの絶対ありえない。

 この月面都市の防衛は鉄壁のはず。

 いくら最新の兵器と言ってもたった一機で何が出来るというのよ。



『惑星エデン……には、帝国の新兵器製造に欠かせない特殊な鉱石が採れ……うです。それを知った帝国は……に降るように求め……いました。拒んだ結果、がこれです』



 そんな……。

 さっきから思うように言葉が出ない。

 帝国と連邦の関係は良くないと聞いていたけど、まさかこんなことしてくるなんて!



『君の親友、テディ……の伝言、預かっています』


「テディは!? テディはどこなの!?」



 管理AIの言葉にあたしは通信機に詰め寄る。

 テディは無事なんだろうか。

 生まれた頃からの親友にまた会えるのだろうか。



「……彼の機体損傷は酷く、100秒以内に機能停止しま……す。伝言、再生……ますね」


 そんな……!?



 ≪エリス、残念だけどお別れみたいだ。せめて一目会いたかったけど、それも叶いそうにない。この伝言を君が聞いてくれるか分からないけど、君は僕の最愛の子供であり、最高の友さ。願わくば君の行く末に幸運があることを心より願っているよ≫



 テディ!

 ねぇ、これ冗談でしょ!?

 タチの悪い冗談だって言ってよ!

 小さい頃みたいにまた抱きしめて!

 必死に呼びかけてもテディの声はもう聞こえない。


「管理AI! テディを助けてっ!」


『エリス君、救難信号……した。酸素節約、して……救助、を……待……』



 管理AIはもうあたしの言葉に応える余力もないのか、一方的にメッセージを伝えると、機能停止したのかそれっきりあたしの言葉に応えなくなった。

 宙の藻屑となった月面都市の残骸に囲まれて、あたしは一人ぼっちになった。




 ◇


 暗い宙の下で、半日以上も1人でいたせいかちょっとおかしくなってたみたい。

 あたしは連邦政府軍に救助されたらしい。

 らしい、というのはよく覚えていないからだ。

 軍人らしい人が何か質問してきたけど、何を聞かれたのか分からない。



 意識を取り戻したのはほんの数分前、連邦軍宇宙戦艦の医務室の中だ。

 あたしはベッドに横になり、女医さんに点滴を受けていた。

 医務室の入り口には若い軍人さんが立っていて、あたしが意識を取り戻したのを見て、目の前まで歩いてくる。



 救助が遅れてすまないだとか、気づいたことはないか、とか色々聞かれたけどうまく答えられない。

 ぼんやりとしてうまく考えがまとまらない。

 まだ夢の中にいるみたいだ。



「言いにくいが、行く当てはあるのかい? ないなら施設にいってもらうことになるが……」


「大尉、ショックでまだ答えられないかと……」



 隣に座ってた女医さんがあたしの代わりに答える。

 それを聞いた軍人さんは深いため息を吐き、ガシガシと頭を乱暴にかき上げる。



「だよなぁ。彼女の心のケアはしっかり頼むよ」


「ええ、分かりました。何かやりたいことや生きがいを見つけてくれれば回復も早いと思うのですが……」



 やりたいこと? 生きがい?

 女医さんの言葉を聞いた瞬間、ぐちゃぐちゃだった思考がほんの少しだけクリアになったのを感じる。

 感情や思考は相変わらず嵐のように荒れ狂い、自分でも訳が分からない。

 分かるのはただ一つ。

 この感情は燃えるような怒り、そして憎悪だ。



「……軍に入れて下さい」



 呟くようなあたしの声を聞いた若い軍人はほんの一瞬、呆けた表情を見せた。

 直ぐに表情を取り繕うと、冷静に悟すような声色で語りかけて来る。



「仇を取りたいのはよく分かる。でもね、復讐なんてやめなさい。それは軍に任せて……」


「……あいつらを殺すまで、この船を絶対に降りません」



 顔を上げたあたしの目を見た軍人は、沈痛な表情でわずかに呻く。

 そして数秒ほど考え込むと、女医さんに向かって重苦しく口を開いた。



「……彼女の生体データはアレに適合するのは間違いないね?」


「っ!? まさか彼女をアレに乗せる気ですか!? たしかに性能は凄まじいですけど帝国軍がアレを廃棄したのは欠陥があるからと技術チームが……!」


「欠陥といっても乗り手を選ぶだけだろう? 生体データの適合する者にしかアレは扱えない。彼女の決意は本物だ。彼女をアレに乗せよう」


「そんな……!? まだ未解明な部分が多くてそれしか欠陥が見つかっていないだけです!」


「その件については後でみんなと話そう。エリス君といったね? 私について来なさい。君に乗って欲しい機体がある」




 なおも言い募ろうとする女医さんを押しのけ、大尉と呼ばれた人はそう言うと医務室の外へと出ていった。

 あたしはまだふらつく足を奮い立たせて、乱暴に点滴を外すと、必死の彼の背を追いかけていく。

 女医さんが戻るように言ってくれるけど、聞こえないふりをして足を進める。



 許せない。

 許せるはずがないだろう。

 あたしの故郷を、家族を、友人を、テディを殺した連中を。

 同じだけの苦しみを与えなければ気が済まない。

 故郷を滅ぼした奴を、それに手を貸した連中を探し出して必ず殺してやる!


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