オタクのお宅2
維 黎
第1話
未知ウィルスの
だけど、それは現実に起こった。
世界は大混乱に陥り、多くの方が犠牲となった。幸いにして私の周りでそういった人はいないのだけれど、これからもそうだとは限らない、自分自身も含めて。
そう思うと、とたんに心細くなり人恋しくもなる。普段なら繁華街など人の多くが集う場所に行けば、そんな不安も紛らわすことが出来るのだけれど。
今は無理。
不要不急の外出は自粛するように。
そう政府の方針が出た。
今のところ罰則や罰金などがないので、外出する人はそれなりにいる。私といえばこんな状況になる前から外出はほとんどせず、ワンルームの部屋に引きこもっている。
土日など一歩も外に出ないことは珍しくもない。
今や食事などはお手軽においしいお弁当やお惣菜をコンビニで買える時代――から進歩して、家まで届けてくれるようになった。便利なものだ。
時刻は夕暮れ時。
そろそろ日が沈み夜の
仕事終わりの私は、
アパートへ帰ればすることがある。
二階建てワンルームマンションの二階。左端から二番目が私の部屋だ。一人暮らしなので当然灯りは点いていなくて、窓ガラスは真っ暗のまま。逆に電気がついていたら怖い。
ふと、お隣さんの部屋の窓を見てみれば灯りが点いている。自粛前はついぞ灯りなんて見たことがなかったのに。
そんなことを想ったのも一瞬で、階段を上がると自分の部屋へと足を運ぶ。
帰った部屋で何をしているかといえば――ネットゲームにハマっていたりする。
フルアクションMMORPGソード&マジック。略してソーマ。
従来のコマンド式やスキルアイコン式のRPGとは違い、イメージ的には3Dポリゴンの格闘ゲームのような操作方式で、モンスターと戦うRPGといえばいいだろうか。
スキルや魔法は、キーボードやゲームパッド、ゲーミングマウスなどのボタン入力で発動させる。
プレイ歴は三年半ほど。
すべてのコンテンツを遊びきれていないが、ソーマの人気コンテンツはPVP――それも一対一の格ゲー形式と最大48人参加の超大型レイドボス戦。
でも今私がやっているのはそのどちらでもなく、ここ数日はひたすら《煉獄の大地》という
このIDは六人パーティー推奨ではあるが、六人じゃなくても五人でも四人でも入れる。最低二人組でOKだ。もっとも、六人
そんなIDを私は二人で周回している。
理由はドロップした武器が二人なら確実に手に入れることが出来るからだ。
ドロップする武器は近接武器と遠隔武器が一つずつ。
三人以上のパーティーで行けば、武器がドロップした場合、
それをさけるための固定二人の攻略なのだが、本来なら二人で攻略など絶対に無理だ。だけど、私とフレンドならば可能なのだ。自慢するつもりはないけど、私と彼の技量があるからこそと言える。
相手は白魔導士の男性プレイヤー。
知り合って一年ほどたつだろうか。会話のノリなどが妙にウマが合って、心地よさを感じている。
アパートの部屋へ入ると着替えを済ませ、軽くお茶などをして休憩をとると、さっそくソーマを起動してログインする。
すでに彼――ところてんこと、ところっちはログインしていた。もちろん本名ではなくてキャラクター名だ。こんなこと説明するまでもないだろうけど。ところてんなんて本名あるわけない。
何度目かの周回をこなし、今また
炎の魔神アグニーヤ。
下半身の触手から繰り出される連続攻撃は、普通のプレイヤーならさばき切れずに死亡しているだろう。基本的にアグニーヤの攻略は蘇生をくりかえして攻撃するゾンビアタックが基本となっている。
けれど私たちは私が防御を受け持ち、ところっちが
はっきり言ってその命中率は神業の域に達していると言えるかも。
そんな攻略の最中にところっちがチャットでつぶやく。
彼女が欲しい――と。
それ見たとき、私は思った以上に動揺してしまい、この忙しいときにと、つい強い調子でレスしてしまった。
そんな私のレスにところっちは気分を害した様子を見せなかったが、人恋しくなるという、またしても私の心をざわめかせる言葉を打ち込んでくる。
あとに続くチャットが不安で思わず遮ってしまう。
当然、私の方が悪いのに最終的にはところっちが謝罪する形になってしまい、反省するとともに少し凹み気味になる私。
普段はもっと楽しい会話が出来るのに。
その後はなんとなく無言が続き、
と、しばらくしてところっちの動きが鈍いことに気づく。
ところっちを叱咤激励し、アグニーヤ討伐に集中してもらう。
私も気を引き締めて波状攻撃を躱し、弾いて防御態勢を維持していく。
しばらくしてある程度攻防が軌道に乗り、余裕が出てくると先ほどのところっちの彼女が欲しいという言葉が、心に浮かび上がってきた。
(彼女が出来たらソーマを休止しちゃうのかな?)
その疑問をぶつけてみる。その返事は止めないけど一緒に遊んでくれる彼女が欲しいとのこと。
昔よりはどんなジャンルのゲームも、各段に女性プレイヤーが増えたとはいえ、意中の相手を見つけるのは難しいのではないかと、素直な意見を伝えてみる。
ところっちは『だよねぇ』という同意の意見を述べつつ、私に質問も返してきた。私は彼氏が欲しくないのか――と。
私の胸の奥がどきん! と一つ高鳴る。
この質問には何か含みがあるのだろうか。
欲しいと答えたら、ところっちはどんな反応をするのだろう。
確か以前に『彼氏なんかいらない』的なことを言ったような気もするけど。
けれども今は状況が違う。
今までは特に気にしたこともなかったが、いざなるべく人と会わないようにとなったとき、妙に人恋しくなるものだ。
誰かにそばにいてほしいと思う。それも身内とか友達とかではなく、他の誰か――いわゆる彼氏的な。
(――一緒にソーマをしてくれる
そんな想いが芽生え、ついぽろっとチャットしてしまう。
(でも身近にソーマに限らず、ネトゲをしてそうな人っていないしなぁ。まぁ、もともと友達と呼べるような人も片手で数えるほどだし)
そんなことを思っていると、またしてもドキッとさせるところっちの
私が近くにいればなぁ、って。
ちょっと! 不意打ち過ぎ!!
あまりの驚きに画面内の私のキャラクターの操作をミスって、アグニーヤの攻撃を数発喰らってしまう。
まずい!
ところっちも危険を感じたのか、私に回復魔法をかけようとする。
(――あと一撃で落ちるはず!)
私の思いに応えて、回復魔法から攻撃に切り替えたところっちの一撃は、見事にアグニーヤの頭部急所へ命中する。
さすがの一言。
アグニーヤは一瞬、硬直したかと思うと、パリーンという甲高い音を響かせてガラス細工の彫像のように砕け散って消えていった。そして、その足元には赤みがかった金色の宝箱と、青みがかった銀色の宝箱が忽然と現れる。
私にとって二年ぶりとなる激レアアイテム。神魔の武器。
身体の体温が上がっていくのを自覚する。
手首から指先までが興奮で震えている。
「「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
という自分の叫び声と同時に、隣の部屋から男の人の叫び声も耳にした。
「!?」
思わずビクッとして隣の部屋の壁を見つめている――と。
隣の部屋から同時に「出たぁ」っていう叫び声が聞こえてきたと、興奮度合いがわかるところっちの書き込みが目に入る。
私は目を見開いて二度――いや、三度読み返してみた。こんな偶然ってある?
思い切って私も
「――えーと」
知らず一言漏れたがそこから先が続かない。思考もそこでストップする。でも足は不思議と玄関へと向かっていた。
と、隣の部屋のドアが開く音。
その音に誘われるようにして私も玄関のドアノブに手をかけた――
――了――
オタクのお宅2 維 黎 @yuirei
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