家の中で見覚えのある人や物が変なことになっている
青キング(Aoking)
家の中で見覚えのある人や物が変なことになっている
なんでもない一日のなんでもないお昼時のことである。
一軒家である自宅の玄関を僕がくぐると、入ってすぐの沓脱に何故か一休(19)さんがいた。
「どうして君が?」
僕にとって一休さんは理由は明かさないが意外となじみ深い。でもどうしてこんなところに彼がいるのだろう?
僕が疑問に思っていると、一休さんは唐突にエレキギターを抱えていた。
「イェェェェェェェ、ロッキュンロール!」
ビィィィィィィィィィィィィィン。
細目をかっぴらいて前触れもなくシャウトし、激しくエレキギターをかき鳴らす。
どうして一休さんがエレキギターを弾いてるんだ。
僕が唖然としている間も一休さんは耳を劈くような音を出し続ける。
そこでようやく、僕は一つの発想に至る。
これが、方向性の違い、というやつだ。
――くそ、どうでもいい。
考えるのが煩わしくなって一休さんの坊主頭を鷲掴みにし、玄関を開けて外へ放り出した。
何がロッキュンロールだ。全然ロック(69)じゃない。
僕は静かになった沓脱でスリッパに履き替えて、誰もいないはずの廊下に上がった。
おや、人はいないようだが。物は置いてあるようだ。
廊下の真ん中にどうしてか、僕が昔よく飲んでいたミロの深緑の袋が封を開けたまま置きっぱなしにしてある。
誰かの仕掛けた罠である可能性を頭に入れて、そっとミロの袋(36)に近づき中を覗いた。
はあ?
袋の中には当然褐色の粉末が入っているかと思いきや、数年前にラグビーで話題になった人物が矮小になって潜んでいた。
それも、有名なあのルーティンポーズで。
「五〇丸!」
ミロの袋の中で小人になった五〇丸選手(56)が例のポーズをしている。
五〇丸選手に何があった!
ラグビー元日本代表ともあろう人が、ミロの中に納まっていていいのか?
「クソっ!」
僕は名選手の処遇に腹立ちを覚えて、ミロの袋を蹴り倒した。
こぼれ出した粉末を掃除しないまま俄かに喉の渇きを感じて、廊下の奥のキッチンへ向かう。
キッチンの横にある冷蔵庫が目に入ると、怒りに任せて冷蔵庫の扉を勢いよく開けた。
ひんやりとした冷気を顔に浴び――――
「うわぁぁぁぁぁぁ」
冷気の代わりに顔に浴びたのはパンパンに膨れた大量のゴミ袋(53)。
びっくりして尻もちをついてしまう。
「な、なんだぁ?」
状況を理解するためにゴミ袋の数々に目を遣ると、袋が内側から突如破れて様々な国旗が連なった万国旗(92)がするするっーと長く飛び出してきた。
「いやなんで万国旗」
ゴミ袋の中で運動会でも行われてたのか。ゴミ同士で何を争うっていうんだ。
世にも奇妙なゴミ袋の驚きツッコミを入れているその時、目の端で捉えた洗い場のシンクから何かが姿が現した。
過敏になった神経でシンクの方に視線を転じる。
なんでだよ!
シンクから姿を現していたのは、仁王像(20)。
安置される場所、そこじゃないだろ!
動きもしない仁王像にツッコ、いや待て。
空気の揺らぎか、仁王像が微かに蠢いた。
じっと見つめていると、さっきよりも明らかに仁王像は動き出し、突然手に笹の葉(33)が握られた。
まさか、という思いで様子を眺める。
仁王像は手に握った笹の葉を口へ持っていき、動物園の草食動物のようにもぐもぐと食み始めた。
「パンダかてめぇは!」
笹の葉を喰らうだけで愛らしくなれると思うなよ。
捨て台詞を吐くような気持ちで、驚天動地の事態ばかり起こるキッチンを退散した。
寛げるのはもう自分の部屋しか残っていない。
自室へ向かう階段を駆け上りながら、最後の安住の部屋へ縋る思いを馳せる。
階段を上がり終えて自室へと進むと、自室の向かい側にあるトイレのドアの前に何者かが佇んでいた。
立ち止まり、何者かへ目を凝らす。
「あ、サニブ〇ウンだ」
日本陸上界の有望選手が、どうしてかトイレのドアの前にいる。
しばし距離を置いたところで様子を見ていると、頬の傍から突然ヒュンという風切り音が鳴った。
何事かと階段の下を振り返ろうとした瞬間、血しぶきの噴きあがる音がトイレのドアの前から聞こえる。
ああああああああああ!
視線を戻すと、サニブ〇ウン(32)の額にクナイ(97)が突き刺さっており、噴水のように盛大に血が噴き出している。
みるみるうちにサニ・ブ〇ウンの血色がなくなり、ついにはバタリと床へ倒れて絶命してしまった。
ああああああああああ!
残酷でショッキングな場面に気が狂いそうだ。
しかし僕が頑張って衝撃を受け止めてようとしている間に、クナイの刺さったサニブ〇ウンの死体は煙のごとく消失した。
とてもじゃないが、こんな不気味な廊下にはいられない。
ナイフが飛来してきた階段を下りるには勇気が足らず、僕は死体が消えた場所に視線を釘づけされたまま、自室のドアノブを後ろ手で掴んで回した。
トイレのドアの前で何も起きないことを見届けながら、素早く部屋に入ってドアを勢いよく閉めた。
「美味しいなぁ」
誰もいないはずの自室で、感心するような何者かの声が突如響いた。
僕はぞっとして声のした方へ振り返る。
「ホカホカのご飯はやっぱり美味しいなぁ」
部屋の真ん中で茶碗に盛られた白米を食べる何者かの姿。
安易に動かないようにして冷静によく見ると、白米を食べているのは手足の生えた人間大のクオカード。
何故か、クオカード(90)がご飯(58)を食べている。
はぁ?
侵入者に対する恐れよりも生き物ですらない物の不可解な事象に僕はほとほと呆れ返り、同時に安住の部屋を占拠するクオカードに怒りを覚えた。
「どけ」
僕は怒りのままに両腕を伸ばして、クオカードの端を挟み持つ。
「な、なんだね?」
「邪魔だ」
反抗が来る前に両腕に力を込め、カードを両端から挟み潰した。
クオカードはご飯茶碗と一緒に煙のごとく消え失せる。
「ふう。これで寛げ……」
床の上へ胡坐になろうとしたところで、違和感を覚えて正面の開けきった窓に目を留めた。
窓を凝視して違和感の正体を確かめる。
あ、これだ。
違和感の正体に気が付き、窓へ近づく。
僕が感じた違和感の理由は、それは窓の枠に天秤棒のように載せられた釣り竿だ。
普段、こんなところに竿は置かれていない。そもそも僕は釣り竿なんて持っていない。
「誰が釣り竿なんかをここへ」
ブツブツ垂れながら釣り竿を片付けようと手持ちの部分を掴んで引き寄せ、ようとしたが竿は半月型にしなるだけでビクともしない。
窓の外で何か重いものでも吊り下げてるのか?
力負けしないように竿を力いっぱい引いたまま、窓枠から身を乗り出して窓外の竿の先を窺う。
そりゃ重いわけだ!
理由は不明だが、窓の外で竿(30)に釣り下がっているのはサイ(31)だ。太い角に竿のワイヤーを絡ませて家の壁スレスレを振り子のように揺れている。
度重なる非現実的な事象を前にして、今までで最大級の呆れが胸に湧いてきた。
その呆れのせいか、つい腕の力を緩めてしまう。
ああっ。
男性一人の体重がサイの重量に勝てるわけもなく。前へ倒れるようにして身体のバランスを失った。
しまった。
慌てて竿から手を離すも時すでに遅く、上半身は全て窓の外へ転び出ていた。
ふわりと浮き上がるような感覚の後、庭の固いコンクリートの地面が急激に顔面へ近づいてくる。
あ、僕は死ぬんだ。
突然に目前まで迫った死を僕は苦々しく受けいれた。
さようなら。また別の場所で会おう。
Complete!!
さて、いかがだったでしょうか。
主人公の僕が作品内で遭遇した人や物たちは、全て丸括弧内の数字2桁に置き換えることができます。
時間が許すなら、主人公が通ったルートを同じように辿ってみてはいかがでしょう。
場所法記憶の使い手の頭の中は実際この作品のような感じです。競技になると時間制限もありますからツッコミはしませんけど。
もし28ケタの数字を覚えていたなら、場所法記憶の基礎に触れたと言えるでしょう。
家の中で見覚えのある人や物が変なことになっている 青キング(Aoking) @112428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます