マンドラゴラの愛の道

惟風

マンドラゴラの愛の道

 マンドラゴラ男は走った。走って走って、走り続けた。愛するマギーのために。


 ◇ ◇ ◇


〈マンドラゴラとは―

 某国某地にひっそりと生息している、万病に効く植物である。

 その根は人型をしており、引き抜くと、周囲の者を絶命に至らしめる絶叫を放つ、危険生物である。

 万病に効くといえども収穫のリスクがあまりにも高いため、ごく狭い界隈で秘密裏に取引されてきた。〉


 長らく知る人ぞ知る秘薬とされていたマンドラゴラだったが、ある日、マンドラゴラの絶叫を打ち消す「マンドラゴラキャンセラー」が発明されてから、瞬く間に人間に乱獲されることとなった。

 それに対抗するべくマンドラゴラ側も進化を遂げる。

 人間が近づくと、マンキャン(マンドラゴラキャンセラーの略)が発動する前に死の絶叫を振りまきながら地中から飛び出し、自身の足で逃げ出すようになった。

 人間とマンドラゴラの欲と命をかけた戦いが、始まったのである。


 マンドラゴラ男も、収穫に来た人間達から逃げ出した一本であった。

 逃走の果てにマギーという一人の美しい女性と出会い、なんやかんやで互いに恋に落ちた。

 追う側と追われる側という種族の壁を越えて、山奥の小さな家でひっそりと睦まじく暮らしていた。

 だが、幸せな暮らしは長くは続かなかった。


「ただいま、マギー。……マギー?」

 ある日の夕方、湖での釣りから帰宅したマンドラゴラ男は、家に入るなり愕然とした。

 テーブルにあったはずの花瓶は床で割れ、マギーがいつも座っていた椅子も倒れている。近くにはいくつも本が散乱していた。

 マギーの姿は、どこにも見当たらない。

「何だ……何があったんだ……マギー!」

 狼狽するマンドラゴラ男だったが、テーブル上に見慣れない封筒があるのを見つける。中には走り書きのようなメモと地図が入っていた。


【女は預かった

 無事に返してほしければ

 明日の夕刻

 地図にある場所に来い】


「クソっ!」

 マンドラゴラ男は、怒りに任せてメモを握り潰した。

 そして躊躇うことなく、家を飛び出した。数多の人間達から逃げおおせた自慢の足で、疾風の如く走りだす。

 大切なマギーを救うために。


 ◇ ◇ ◇


 マンドラゴラ男は夜通し駆けた。

 地図に指定されていた場所はマギーと暮らしていた家から大きく離れた、山の中腹にあった。そこだけ山肌が切り開かれ、小さな畑のようになっている。

 柔らかく耕され整えられた土の中央に、縄で縛られたマギーと二人の男が立っていた。傾いた日が三人と一本を照らす。

 男の一人はマギーの縄をしっかりと握り、ナイフをチラつかせている。

 もう一人の男は、黒い箱を両手に抱えていた。箱の正体は、マンキャン(マンドラゴラキャンセラーの略)である。

 マンドラゴラ男の姿を見つけると、箱を持った男が大きく叫んだ。

「よく来たな! よほどこの女が大事なようだ!」

 マンドラゴラ男は徹夜で走り続けたというのに、息も乱さず男達に近づいていく。その表情は怒りに満ちていた。

「……!!………!」

 口を布で塞がれたマギーが、声にならない悲鳴をあげる。

「マギー! すぐに助けてやるからな。」

「おっと! 一旦そこで止まれ。妙な真似はするなよ。もうこいつは起動済だからな。俺達に逆らおうなんて考えるんじゃねえぞ。」

 男が箱を掲げてマンドラゴラ男を牽制する。

「マギーを離せよ! お前達の目的は何だ!」

「俺の名はミックだ。こいつは相棒のよしりん。これから長い付き合いになるんだ、宜しくな。」

 ミックと名乗った男が、ニヤニヤしながら箱を足元に置いた。

「……どういうことだ。」

「こういうことだよ。」

 ミックは左に移動し、後ろに隠していたものを見せた。そこには、マンドラゴラが一株、植えられていた。マンドラゴラ男の頭にあるのと同じ葉が土から覗いている。

「これは、雌のマンドラゴラだ。こいつとつがいになって、子株をやしてもらいたい。もちろん殖えた分は収穫させてもらう。」

「何を馬鹿なことを! そんな同胞を裏切るようなこと、するわけないだろう! それに俺にはマギーがいるんだ!」

「馬鹿はお前だよ、このマンドラゴラがよ。生意気に人間様とねんごろになってんじゃねえよ! 大人しく薬になってりゃ良いんだよ。お前等を売ったら、貧乏だって治るんだ。とんだ万能薬だぜ!」

 ミックは吐き捨てるように言った。

「こっちの言う事聞いてくれんなら、この女を解放してやる。傷つけられたくはないだろう?」

 よしりんがナイフをマギーに突きつける。マギーの大きな瞳から、涙が一筋流れた。

「お前に選択肢は無いんだよ。これはお願いじゃなく、命令なんだ。」

「くっ……!」

 万事休す。

 のはずだった。


 がさり


「は?………ぶわっ!」

 突如、三人の足元が揺れたかと思うと、一瞬にしてよしりんが土の中に引きずり込まれた。勢いでマギーが倒れる。

「おい!……何だ……何だよ!」

 ミックが驚いて後退る。その足元から、口に土を詰められ息絶えたよしりんが地中から吐き出された。

「うわあ!」

 絶叫にも近い悲鳴をあげて、ミックは尻もちをついた。

「マギー!」

 マンドラゴラ男は倒れたままの彼女に駆け寄った。マギーは呆然としていたが、意識ははっきりしているようだった。身体を支え、二人で畑の外に向かって走り出す。

「おい、待ってくれ! 置いてくなよ! ししし死にたくないん」

 ミックは最後まで言うことはできなかった。

 マンドラゴラ男とマギーの後ろで、何かが吸い込まれる音と吐き出される音が聞こえた。

 それで、終わりだった。


「あいつらが柔らかい土に埋めてくれたおかげで、びっくりするくらい動きやすかったわ。」

 すっかり日が落ちて暗くなった畑の土から、マンドラゴラ女がゆっくりと姿を現した。

「ありがとう、助けてくれて。」

 マギーは深々と礼をした。

「別に、アンタ達のためにやったんじゃないわよ。……捕まった時に、色々ひどいことされたからね。」

 マンドラゴラ女はミックのズボンのポケットから抜き取った煙草に火をつけ、頭の葉をかきあげた。

「そうか……。」

 マンドラゴラ男は深くは聞かなかった。

「これからどうすんの。私と番いにならないのは良いんだけど、アンタ達本当に添い遂げられるとでも思ってる?二人が一緒にいる限り、また今回みたいなことになるわよ。収穫する側とされる側なんだから。あいつらと同じこと言いたくはないけど、ホント馬鹿みたいだと思うよ。」

 マギーの方をチラリと見て、煙を空に向けて吐き出す。

「そうかも……しれないわね。」

 マギーは悲しそうに顔を伏せた。

「死ぬまで一緒にいるよ。俺達は、不治の病にかかったようなもんだからさ。」

 マンドラゴラ男は、マギーの肩を抱きながら力強く答えた。マギーは驚いたように顔をあげ、彼の方を見た。

「万病に効くと言われる俺達マンドラゴラでも、治せないものが二つある。」

「は? 何ソレ。」

 マンドラゴラ女が煙草を投げ捨てながら聞く。

「一つは恋の病。もう一つは―」

 マギーを見つめる。

「馬鹿ってことだ。」

「死ななきゃ治らない、って? なら好きにしなさいよ。」

 呆れるマンドラゴラ女に手を振り、マンドラゴラ男とマギーは駆け出した。

 夜空には星が輝き、月が二人を照らしている。


 マンドラゴラ男はマギーを抱いて走った。走って走って、走り続けた。

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