第12話 母のホットケーキ

♢♦♢


「あの」


 私は後片付けを手伝いながら、友彦さんに尋ねた。


「どうしてフライパンいっぱいに、生地を流し込むやり方で焼くんですか?」


 友彦さんはお皿をスポンジで洗いながら答えてくれる。


「あれは母から教えてもらったやり方なんだ」

「お母さんが?」


 彼は「そう」と言って頷く。


「僕の母はね、普段はおっちょこちょいというか抜けていることが多いんだけど、料理に対しては真摯しんしでね。このホットケーキも何度も失敗して辿り着いた境地って言ってた」


「ホットケーキって失敗があるんですか?」


 失敗するほど作ったことがないからなのかもしれないが、私は今まで一度も失敗したことがない。それに、誰もが作れるお菓子ということもあって失敗があるとは思えなかったのである。


 すると葉ちゃんが「私は一回だけあるよ」と言った。


「早く食べたくて、強火で焼いたら表面が焦げちゃって、中は半生ってことがあった」

「そうなの?」

「うん。そのときはお腹が空いてたから、急いじゃったのよね……」

「そうなんだ」


 そういうこともあるんだなぁと思いつつ、私は叔母の新たな一面を知って嬉しくなった。


「ホットケーキはゆっくり、じっくりが基本だからね」


 そう言って、友彦さんはお母さんとの思い出の話を語ってくれた。


「母は、パッケージに書いてあるようなふっくらしたホットケーキが食べたかったらしいんだけど、材料にベーキングパウダーを追加したりとか、卵白をメレンゲにしたりとかはしたくなかったみたいで。それは僕たち――僕は男三兄弟なんだけど、育てるのが大変だから手間をかけずに、でも美味しく作りたいって考えていたみたいでね。それで辿り着いたのがこの方法だったらしい」


「そうなんですか」


「今はネットで調べれば、そういう材料を追加しなくても厚さの出るホットケーキの作り方があるけど、当時はそれもなかったしね」


「お義母さんが見ていた料理雑誌には載っていなかったの?」


 葉ちゃんが聞くと「あったかもしれないけど、母のことだから読んでないかも」と友彦さんは苦笑する。


「ホットケーキミックスと卵と牛乳さえあればできる母直伝のホットケーキだけど、これは辛抱強くないと上手くできないんだ」


「辛抱強く?」


 私がオウム返しをすると彼は頷いた。


「弱火でゆっくり、じっくり焼かないといけないんだ。そうしないと、半生なのに表面だけ焦げることになってしまう」


「私の失敗と同じ」


 葉ちゃんが言った。友彦さんは頷く。


「でも、母はその失敗を繰り返したっていってた。フライパンいっぱいに生地を流し込んで焼く方法は結構難しい」


「友彦さんも、失敗しましたか?」


「それがね」


 といって、彼は少し得意そうな顔をする。


「僕はひっくり返す作業だけは何度が失敗したけれど、焦がすことは一度もなかったよ。それは母が僕に失敗を教えてくれたから」


「失敗を教える、ですか?」


「うん。僕はさ、失敗を教えられる人ってすごい人だと思うんだ。誰だって失敗は語りたくないものだから。でも、失敗したことを教えてもらって、それに気を付けながらやると絶対にうまくいくんだよ。つまり、教えてもらった人はことが出来るということだね。僕がホットケーキを焦がさなかったように」


「……確かに」


「僕の考えだけど、失敗ってとても価値があることだと思う。失敗それは経験した人にしか分からないことだから」

「友君って、いいこと言うよね」

「そうかな」


 友彦さんは最後のお皿を洗い、お湯で流すと私に言った。


「だから、英里ちゃんも自分の失敗を大切にしたらいいと思う。自分のためになるのか、人のためになるのかそれは分からないけれど、その失敗を生かすのもその人次第だと思う」

「……うん」

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