第11話 いただきます

 私は友彦さんが盛り付けてくれたホットケーキをリビングに持って行って、じっと見つめていた。


 ホカホカと湯気が上がっているホットケーキの上に、生クリームがとろりと溶け出している。また表面をフォークでつついてみるととカリッとしているのが分かる。それだけでも美味しそうなのだが、ホットケーキがふわっと盛り上がり、思った以上に厚みがあるのである。


 ホットケーキは自分でも焼いたことはあるが、こんなにふっくらと焼けたためしがない。どうやったらこんな風に出来るのだろうか。


「英里、食べないの?」


 葉ちゃんに聞かれ、私ははっとした。


「食べます。えっと、友彦さん、いただきます」

「はい、どうぞ」


 私は、ホットケーキの先がとがった方をフォークで切り、そこに生クリームと苺ジャムを付ける。すると素敵な香りが合わさって私の食欲をそそった。


 そして私はそれを口に入れる。すると途端に幸せな気持ちになった。


 温かいホットケーキと冷たい生クリームと苺ジャムが合わさって、丁度いい温度になる。口の中では甘さが控えめな生クリームの味が来たかと思うと、その後すぐに香ばしい香り、そして苺の甘酸っぱい素敵な香りが追いかけて来て、鼻からは贅沢な香りが抜け出て行った。


「おいひぃ~」


 思わず顔がほころんだ。一気に力が抜けて、緊張がほぐれていく。そのお陰で私の食欲は目を覚まし、一口、また一口とホットケーキを口に運んだ。


「それなら良かった」


 友彦さんが安堵の表情を浮かべ、葉ちゃんは頷いた。


「ホントね。私も英里の幸せそうな顔を見て、ほっとした」


 友彦さんはそれに頷くと、「おかわりもあるから、良かったら食べて」と言ってくれる。私はその言葉に甘えて、追加で二切れ食べ、普通の夕食もご馳走になってしまった。


 その様子を見ていた葉ちゃんは、「よっぽどお腹が空いていたんだね」と嬉しそうに笑っていた。


♢♦♢


「そろそろかな?」

「そろそろじゃない?」


 私は葉ちゃんに尋ねながら、フライ返しでそっと生地の裏を見てみる。すると綺麗な焼き色が付いていた。


「表面も沢山気泡が出来てるし、生地も焼けてきていい感じかも」

「よし、頑張れ!」


 葉ちゃんに励まされながら、私は気合を入れた体勢を作る。


「いきます」


 私はフライパンの柄を左手で握り、右手に持ったフライ返しを生地の下に滑り込ませる。そして「えいっ」と気合を入れた声を出すのと同時に、フライパンを持ち上げ、その力を利用してフライ返しでくるりとひっくり返す。


「どうだ⁉」


 葉ちゃんに聞かれ、私は少し眉を寄せる。端が少しだけ引っかかって、折れてしまっていた。


「……端っこが、少し折れた」


 そう言って、カメラの方にフライパンを向ける。しかし、画面の向こうからは拍手が聞こえてきた。


「いやいや、きれいだよ! それに前回に比べたら上手になったんじゃない?」

 私は葉ちゃんのこういうところが好きだ。


 ちょっとでも良い所を見つけて褒めてくれるところ。

 私はいつも自分のことを「できない子」と否定してしまう。あの時も、ちょっとも自分のいいところが見つけられなくて辛かった。だけど、葉ちゃんは「英里は頑張ってる」と言ってくれた。だから、あの後も頑張れた。それがどれほど心強かったか分からない。


「うん。ありがとう」


 少し冷まして余熱を取り、まな板の上で四等分に切り分ける。友彦さんのフライパンは大きかったので、八等分でも十分だったが、私のは小さいので今回は四等分にしてみた。

 そして、お皿に載せた一ピースの上に、用意していた生クリームと苺ジャムを載せる。


「――出来上がり!」

「おお! すごい!」


 友彦さんが作ってくれたものよりも下手だけど、私にとっては上出来だ。


「食べてみてもいい?」

「どうぞ」


 私は葉ちゃんが見守る中、一口食べてみる。


「お味は?」


 聞かれて、私は顔を綻ばせ大きく頷いた。


「美味しいよぉ」


 見た目は少し失敗してしまったが、味は上出来である。生クリームも、市販のものではなく自分で甘さを調節して作ったかいがあった。友彦さんが作ってくれた特別なホットケーキの味が口の中によみがえる。


「よかったねぇ」


 喜んでくれる葉ちゃんに、私は頷いた。


「うん。今度葉ちゃんと友彦さんに食べてもらいたいな」

「世の中が落ち着いたらね。是非作ってもらいたいな」

「うん!」


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