第10話 今日は少し特別なホットケーキにしようと思うんだ
友彦さんは、傍に葉ちゃんが来ると「そろそろだよ」と言った。
「だって、英里。楽しみだね」
「うん……」
確かに香ばしくて甘い香りが立ち込め、それが眠っている食欲を起こそうとしてくれる。ただ、まだすぐには食べたい気持ちにはならない。
その代わり私は、友彦さんの手元に興味を持った。背伸びをし、フライパンの中身がどうなっているのか覗いてみる。
大きなフライパンの中で、ぷつぷつと生地に沢山の空気穴が空いていた。表面は蒸しパンのように固まり始めていて、ひっくり返されるときを今か、今かと待っているかのように見える。
「よし、いいかな」
友彦さんはそう言うと、フライ返しを持ってフライパンの端に少しずつ隙間を作っていく。テフロン加工のお陰なのか、油をちゃんとしていたお陰なのか分からないが、フライパンに生地がくっつくことなく綺麗にはがれていく。
しかし、私の中に一つの疑問が浮かび上がった。
この大きい生地をどうやってひっくり返すのだろうか。
私のホットケーキのイメージは、フライパンより小さく生地を入れて焼く。そうした方が焼く時間が短くて済むし、ひっくり返すのも楽だ。
しかし友彦さんが持っているフライパンはとっても大きくて、それいっぱいに生地が流し込まれている。フライ返しの何倍もあるこのホットケーキを、どうやって返すのか。
私が不思議に思っていたときである。
友彦さんが小さな声で「せーのっ」と言うと、フライパンを持ち上げ、フライ返しを上手く使いながらあっという間に生地をひっくり返してしまったのである。
「すごい……!」
私は思わずそう声を上げてしまう。それくらい見事な動作だったのだ。
フライパンの中を再び見てみると、ひっくりかえった生地は、収まる所に収まって安堵したのか、再び火にかけられてふわぁっと膨れ上がってくる。
そして生地の表面は、どこかにぶつかって破れることもなくつるりとしていて、均一に綺麗な焼き色が付いていた。
「お見事」
葉ちゃんがそういうと、友彦さんは「これだけは得意なんだよね」といって笑った。
「あとどれくらい? なんか私も食べたくなってきたな」
「もう少しで出来るよ」
「楽しみね」
それから私たちは、ホットケーキが焼き上がるまでキッチンにいた。出来上がるまで何かを話すこともなく、それが美味しくなるのをじっと待つ。
そして、もうこれ以上膨らまないと見計らったとき、友彦さんがフライ返しで生地の裏を見る。私も体を傾けて覗いてみると、とても綺麗に焼き上がっていた。頃合いだろう。
「よし、出来た」
友彦さんがそう言ってコンロの火を消すと、葉ちゃんは意気揚々と冷蔵庫の前へ立った。
「じゃあ、バターに蜂蜜を掛けて食べよう!」
しかし、友彦さんはやんわりと別のことを提案した。
「それもいいけど、今日は少し特別なホットケーキにしようと思うんだ」
「え、どういうこと?」
「見てのお楽しみです」
そういうと、友彦さんは冷蔵庫から苺ジャムとボールに入ったままの生クリームを取り出した。先ほどのハンドミキサーを使っていた音は、生クリームを泡立てていたのだ。
「これは甘さ控えめの生クリームです」
そう言うと、友彦さんは焼いたホットケーキをまな板の上に移し、少し余熱をとってから八等分に切り分ける。そして小さいお皿に一ピースを載せ、その上に彼が作った生クリームと苺ジャムを丁寧に載せる。
「すごい……」
まるで喫茶店で出てくるような上品な盛り付けに、思わずため息が出てた。
「友君って器用だよね」
葉ちゃんが聞いたので、私は大きく二度頷いた。
「うん。器用です」
「そうかな」
友彦さんは照れ臭そうに言うと、私に盛り付けたお皿にフォークを付けて渡してくれた。
「どうぞ召し上がれ」
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