第8話 何で人を競わせるようなことをするの?

あやちゃんは、県内で一番難関と言われている東原ひがしはら高校を受けてすんなり受かっていたから、自ずと私の目標もそれになっちゃっていて」


「姉が受かったんだから、妹も出来るってこと?」


 葉ちゃんは頷く。


「そう。でも中々成績が上がらなくてね。英ちゃんに勉強の仕方を教わってはみたんだけど、それもダメ。お姉ちゃんってば、理解できない人の気持ちが分からないのか『分かりやすく教えてるのに、なんでわかんないの?』って言うんだもん」


「……」


 気のせいだろうか。葉ちゃんの表情が少し陰ったように見える。


「誇りに思っていた姉にそんなことを言われて、私は谷底に突き落とされた気分だった。成績は上がらないし、英ちゃんには見放されるし、両親には怒られるし、しんどかった」


「東原受けたの?」

「『受けさせられた』っていうのが正しいかな」

「受かった?」


 私の問いに、葉ちゃんは肩をすくめる。


「残念。受かりませんでした」

「……」

「そんな状態で受かる方が不思議だよ」

「そっか……そうだよね」

「でも、私は英ちゃんじゃないんだから、それでいいんだと思う」


 その瞬間、葉ちゃんの表情が清々しいものに変わった。それを見たら、難しい質問にも答えてくれるような気がして、私は思わず葉ちゃんにこんなことを聞いた。


「ねぇ、どうして皆、人と比べるんだろう……。葉ちゃんは私のお母さんと比べられて、私は一人っ子だからそういうのはないけど……、でも学校の成績の良い子と比べられる」


「比べられるんだ?」

「うん。お父さんとお母さんの学生時代のことも持ち出しても比べられる」

「それは嫌だね」


「嫌だよ、ほんとに。私はお父さんでもお母さんでもないのに、二人は自分たちの子供だからって、私が頭のいい子だって思ってる。勉強が出来る子だって思ってる」

「そっか」


「お父さんもお母さんもね、勉強で苦労したことがないって言うんだよ。だから『ちゃんと勉強すれば分かるだろ』って私に言う。お父さんはやってた勉強の仕方を私に教えるんだけど、それがちっとも合わない。こんなに一生懸命にやっているのに成績が上がらない。上がらないのは、やり方が悪いって言うのは分かるよ。でもさ、どうすればいいの? 『こうやったらどう?』『こうしたら?』って言われるけど、それをやっても、結果的に分かるのはその勉強方法が『私には合わない』ってことだけで、成績には反映しないんだよ? こんだけやって頭に入らないんだったら、もう私が馬鹿でおつむの弱い人間って思うしかないじゃん」


「そんなことないよ」


 葉ちゃんはそれを否定してくれる。しかし、葉ちゃんが「違う」と言ってくれても世間は私を「結果」でしか判断しない。出来る人間なのか、そうでないのか、ということしか見てくれない。


「だから、もう勉強嫌い。したくない。何で人を競わせるようなことをするの? 大人は皆、『一人ひとり個性があっていい』とかっていうけど、結局認めてくれないじゃん。お父さんは『いい学校に入らないと、いい仕事に就けない』って言うし。つまり、社会はいい学校に入った人間しかいらないってことでしょう? もう、ほんとやだ……」


 私は話していてだんだん腹が立って来てしまい、怒りのあまり、また涙が出そうになったのでぐっと唇を噛んで堪える。すると、葉ちゃんはこんなことを言った。

「私も、きは勉強が好きじゃなかったな」

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