第6話 叔父さん頑張ってみようと思って

♢♦♢


 葉ちゃんは母に連絡を入れた後、リビングの方に戻って来た。


「連絡して来たよ」


 いつもと変わらない調子で言うので、私は母が怒っているのかどうかいまいち掴めなかった。そのため、私は少しだけ勇気を出して聞いてみる。


「お母さん、怒ってた?」


 問われた叔母は、思い出すように視線を少しだけ上に向ける。


「どうかな。安心はしたみたいだけど」

「……すぐに帰って来いって?」

「うーん。まぁ、言ってたけど」

「けど?」

「明日は学校も土曜日でお休みだし、お昼ごろ私が家まで送るって言っておいた」


 私はその答えにゆっくりと目を見開く。叔母の言葉は私にとって希望だ。


「いいでしょ?」


 聞かれたので大きく頷いた。当然ながら異論はない。


「うん」

「それまでここでゆっくり休むといいよ。ね?」


 すると葉ちゃんは、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて軽くウインクする。


「うん……!」


 このときの安堵感を何と表現したらいいのだろうか。

 家以外の居場所があるということ。羽を休める場所があるということ。それがいかに重要で有難いことかを、身に染みて感じた日だった。


「さて、温かいものでも飲もうね。紅茶を入れて来るけどいいかな?」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、持ってくるから少し待っててね」


 そう言って、葉ちゃんはダイニングキッチンの方へ行ったが、次の瞬間驚きの声を上げた。


とも君どうしたの?」


 私はそれに少し驚いて、そろりと後ろを振り返る。するとそこには、紺色のエプロンをかけた友彦さんが立っていた。


「ホットケーキを作ろうと思って」

「ホットケーキ?」

「うん」

「……今から?」


 さすがの葉ちゃんも驚きを隠せない様子で聞いた。


「英里ちゃん、夕飯食べてないんだって」


 友彦さんの一言に、葉ちゃんは私の方を見た。


「そうなの?」

「え、あ……うん」


 葉ちゃんは、私から友彦さんに視線を戻す。


「だったら、夕飯出せばいいでしょう。私たちは食べ終わったけど、冷蔵庫にご飯はあるし、おかずも余っているよ」


「食欲ないんだって」


 葉ちゃんはまたしても驚く。


「え」


「でもさ、お腹空いていないわけがないんだよ。寒い中歩いて来たんだから。だから、食欲が出るように叔父さん頑張ってみようと思って」


 そう言って彼は誰の意見も聞かず、ホットケーキを焼くための準備をし始める。葉ちゃんはきょとんとして目を瞬かせたのち、彼の言ったことが面白かったのか嬉しかったのか「ふふふ」とにやけた笑いを浮かべた。


「そっか、そっか! じゃあ、おじさん頑張って。応援してる」

「うん」


 葉ちゃんは邪魔をしないように紅茶をカップに入れると、さっさとリビングへ戻って来た。


「はい、英里。紅茶」


 そう言って叔母は私の前に、カップを置いてくれる。


「……ありがとう」


 私は早速それに口を付けた。熱くて、息を吹きかけながら飲まないとやけどしそうだ。だが、一口でも飲み込むと、熱い液体が体の中をじわぁっと温めながら通っていき心地よかった。


「おいしい?」

「うん」

「よかった」


 それから葉ちゃんは固く絞った濡れタオルも渡してくれる。


「泣いたから、気持ちは少しすっきりしただろうけど、目は腫れぼったいでしょう。当てておくと後で楽だよ」

「ありがとう」


 葉ちゃんの優しさに、私は嬉しくなってまた泣きそうになる。そうならないように、私はすぐに濡れタオルを目に押し付けた。ひんやりとしていて、火照った目から熱を奪ってくれる。何度かタオルの位置を変えて熱を取ることを繰り返すと、次第に目がすっきりしてた。


「だいぶ、いいかも」

「それならよかった」


 葉ちゃんは笑って自分の分の紅茶を飲む。すると、こんなことを話し始めた。

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