第3話 意気地なし……!

 しかし街に行ったのは間違いだった。


 なぜならここには複数の高校が密集していて、沢山の高校生が行きかっていたから。


 志望校の制服を着た高校生とすれ違うと胸がチクンと痛んだ。「私は何をやっているんだろう」と思う冷静な自分と、「あの制服が着られたからって何か意味があるのか」という反抗的な自分がぶつかり合う。お陰で黒くもやのかかったような気持ちが心を覆い、余計に今の自分の状態が嫌になってしまった。


 ――家に帰りたくない。勉強したくない。がんばれって言われたくない。


 そんな思いを抱きながら色々な店を見て回ったが、夜になってくると子供が入ることが出来るような店は閉まっていき、その代わり飲み屋の明かりが煌々と街を照らす。


 変な雰囲気醸し出す街は、中学生の私にとって居心地が悪かった。その上、気温が夕方よりも下がってきて手先や足先がかじかんでくる。私は寒さと居心地の悪さから、近くのカラオケボックスに避難しようと店の前に立ったのだが――。


(ダメだ……入れない)


「校則違反」とか「警察へ通報」「学校へ連絡」など色々なことが頭をよぎる。これから受験を控えているのに、今から評定に×が付くのはダメだと思ったのだ。


 ただそう思ったのは、「不合格になる」ことへの不安よりも、「両親の期待を裏切ってしまう」ことへの恐怖の方がまさった。そしてこんなことをした結果、待ち受けているであろう、二人の叱責が恐ろしかったのである。


 私はそれを想像して、駅の方へ踵を返した。


(意気地なし……!)


 私は街に追い出されているような気さえもしながら、急いで駅まで戻った。

 しかし、このまま家に帰りたくない。


 時刻はすでに七時を回っている。家にいるはずの時間に娘がおらず、心配した母が何度もLINEで「今、どこにいますか」と尋ねていたし、父からも何度も電話がかかっていた。きっとそれに出れば絶対に怒られるだろう。


 二人に心配されているのは分かっている。だが、家に帰れば成績が悪かったことがバレてしまう。そうなったら最後、「家に帰らなかったこと」と「成績が悪かったこと」により、何時間も正論で責め立てられることになる。それがとにかく嫌だった。


 やっぱり家に帰りたくない。

 どうしたものかと考えあぐねていた時に思い浮かんだ行き先が、叔母の家だった。


 そこは、市街地にある駅から二つ戻ったところにある。彼女はこの年の十月に他県から越してきた。その家には両親が運転する車でしか行ったことはないけれど、それほど複雑な道ではないので多分辿り着けるだろう。


 私は電車に乗り、目的の駅に着くと降りて冬空の中を歩いた。


 雪が降り始めたので、私は背負っている鞄から折り畳み傘を取り出して差したが、中々に気を使った。歩道がなく、道路と隣接する住宅はみなブロック塀を立てているため、傘の傾き加減を誤ると、傘がそれにぶつかってしまうのだ。またすぐ横が多くの車が行き交う道路のため、人が歩ける場所は側溝の上くらいしかないので歩く場所にも気をつける必要があった。


 街灯が頼りない中、片側一車線を通る車とすれ違うとライトが一瞬だけ私を照らす。その一台一台の車が、学校の先生の車だったらどうしようかと思いながら、マフラーに顔をうずめ、早足でひたすらに叔母の家を目指した――。

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