第2話 どうでもいい
「今は飲み会もリモートになっちゃったねぇ」
葉ちゃんの言葉に私は頷く。
「うん。ニュースとかでは聞くよね。葉ちゃんはするの?」
「うーん。飲み会はしないかなぁ。英里は……まだ二十歳になったばかりだからしないか」
「うん。やったとしてもLINEで長話くらいかな」
「でもさ、自らリモートの飲み会やお茶会とかをするときと、政府から『出来る限りリモートしてください。お願いします』っていわれる時って言うのは、やっぱり心持が違うよね。だって、感染症が広がっていない状態で英里とリモートで会うときは、私と英里の間だけがリモートなだけであってさ、他の人には会えたんだから」
「うん」
私はトーンを少し落として頷いた。こんな状況でなければ、本来会えたはずの人と会えないのは、やっぱり寂しい。新しい出会いももっとあっただろうに、それがないのも残念だ。
しかし、地方の大学に通っている私は恵まれている。感染が少なくなってきたときは、全ての授業が対面になったこともあったし、実家通いなので家族とも毎日会える。幸せなことだ。
それでも、会いたい人に会えないのは、もどかしい。
「だけど、誰も彼もに対してもそうしなくちゃいけなくなると、人肌恋しいって言うかね。同じ空気が吸える場所で会いたいよね」
しみじみと言う叔母の言葉に、私は小さく何度か頷いた。
「うん。葉ちゃんと話すことは出来ているけど、でも……やっぱり会いたい」
近くだけれど、会えない。それはお互いにとって仕方のないことである。仕方がないが、「会いたい」と願ってしまうのも事実である。
「あたしもそろそろ英里とハグしたいな」
葉ちゃんは、会うといつも抱きしめてくれる。彼女は日本に生まれ、日本で育った割にはスキンシップが多い。それを分かっていてか、葉ちゃんの姉であり私の母は彼女と会うことを警戒している。……母は真面目なのだ。
「早くそうなる日が戻ってくるといいよね」
「そうだね」
葉ちゃんはこんな状況でも、いつも通りの葉ちゃんだ。そしていつも通りの葉ちゃんと会うと、私もいつも通りに戻る。
私の中で叔母と話すことは、楽しいこと半分、自分の立ち位置を戻すこと半分の意味を持っていると思う。私はどこか、人にいいように思われたくて、両親の理想の子になろうと思う所があって、苦しくなる時がある。それは幼少期から身に付いてしまったものだから、変えることは簡単には難しいけれど、葉ちゃんと話をすると、不思議と「本当の私」に戻れるのである。
そして中学三年のあの時も、叔母に会って「自分」を取り戻したような気がするのだ。
♢♦♢
中学三年の十二月。
家出したあの日は、戻って来た模擬試験の判定が予想以上に悪かったときだった。
あんなに一所懸命に勉強をし、好きなことも我慢していたのに結果が出ない。それは当然に辛かったが、それよりも恐ろしかったのは父の叱責と母の無言の圧である。試験の成績が悪いと父に怒られ、母は機嫌が悪くなるのだ。
――レベルの高い高校に行かないと、いい大学に行けない。いい大学に行けないと、いい仕事に就けない。だから、ちゃんと勉強しろ。塾にも通わせてやっているのに、どうして成績が上がらないんだ? さぼっているのか?
この問答を受験生になってから何度繰り返ししてきただろうか。何度「勉強はしている」と言っても父は信じてくれず、母は父の傍に座って私に無言で「どうして出来ないの?」と問うてくる。
父は結果が出ていないのは、やり方や時間の使い方が悪いと責め立てるし、母は父の味方をしていて私を庇ってくれようとはしてくれない。父の言葉を制してくれることもない。
だから、試験の反省の為にガミガミと言われるのは、精神的に本当にきつい。
「……」
私はふと、教室の黒板を見た。そこには毎日試験までのカウンドダウンが書かれていて、すでに百日を切っているのが分かる。
私は焦った。そして焦りから、心の中は不安に駆られた。
試験までに成績が伸びなかったらどうしよう……。
その思いからまるで逃れるかのように、私はあの日真っ直ぐ家に帰らなかった。親にも連絡せず、市街地に出てぶらぶらとその辺をほっつき歩こう。そう思った。
それで何がどうなると思ってたわけではなかったが、この胸の内にある焦燥が「どうでもいい」と思わせるのである。
高校受験なんて、どうでもいい――。
本当はそんなことはないし、心の隅では「ちゃんと勉強をして志望校に入りたい」という気持ちも存在しているのだが、それでもこのときはむしゃくしゃしてしまい、どこかにはけ口を求めていた。そして私の場合、市街地に行ってウィンドウショッピングをすることだったのである。
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