また逢う日までに

新巻へもん

ニンジン

 体重計のアラビア数字が現実をヒロに告げていた。5キロも太ってしまった。さもなければ地球の重力が知らないうちに10%ほど増加したか。現実逃避はやめよう。本当のところはヒロにも原因は分かっている。外に出歩かなくなったからだ。すべては、あの憎い感染症のせいだった。


 そして翌日、目を背けたい事実をモニター越しのミキは容赦なく突っ込む。

「ねえ。ヒロ。少し太った?」

 ヒロは精神攻撃にめげずに自分のターンで場に出したカードをウェブカメラに近づける。

「宇喜多直家を召喚。召喚条件で場の河野と浦上を破棄するよ。別に太ってないし」


 不急不要の外出を控えるように言われているため、大学の授業もオンライン。滅多に外出することが無いし、デートで外出も憚られる。かといって、ヒロも一人暮らしをしていないし、近くに住んでいる彼女のミキも自宅住まいでお互いの家に行くこともできなかった。


 せめてオンラインで何かをしようと、昔一緒に遊んでいたカードゲームを引っ張り出してきて2人で対戦中だった。ヒロにとって、このカードゲーム『センゴク☆サモナー』には思い出が多い。ミキと親しくなったきっかけでもある。最近はあまり手にしていなかったが、久しぶりにやってみると結構熱中した。


 ミキは負けず嫌いで、すぐに熱くなる。だから、ヒロが一緒に遊ぶ相手として最適だった。単なる遊び友達だったのに、気が付けばヒロの中でミキの存在が大きくなり、なけなしの勇気を振り絞って告白。OKを貰って、成績優秀なミキと同じ大学に通うためにヒロは猛勉強をした。


 画面の向こうで真剣な顔でカードを持つミキの左手の薬指には、ヒロのプレゼントした金の指輪グラダリングがはまっている。小さくてよく見えないが王冠の乗ったハートは正しい向きになっていると思う。恋人あり。他者のお誘いはノーサンキューという意味のはずだ。


「まあ、私は別に少しぐらい太ってもいいと思うけどね。健康だったらさ」

 そんなことを言っているけれど、ミキの言葉に甘えてはいられない。ヒロは画面から部屋の隅に転がっているフィットネスゲーム用のコントローラーに視線を移す。ミキはそのゲームのCMをしている女優さんと遜色ないぐらいに可愛い。


 実際、ミキへのお誘いは絶えることがない。駅で待ち合わせをすると声をかけられて迷惑そうな顔をしているのを見ることもしょっちゅうだ。外見で言えば、ヒロがミキの隣に相応しいかと言えば少々怪しい。そのチャンスをくれたミキに応えるにはヒロは心身ともに磨き続けていなければならないだろう。

 

 もちろん、見た目が全てではないことは当然だ。ただ、内面なんて簡単にうかがい知れることではないし、自分の外見のせいで一緒に居るミキまで侮りを受けるとしたらそれは望むところじゃないとヒロは思う。そういう視点から考えれば、久しく直接会っていないしスキンシップもないミキに、今すぐに裸身を見せられるかというとかなり厳しい。


「宗茂で攻撃。防御不可の6点直撃だよ。へへへ。これで私の勝ち」

 少しぼやけた画面の中でミキがガッツポーズを決める。

「このカード、ヒロに貰ったやつだね」

 ヒロが過去に出た大会で3位になったときの副賞で、オリジナルイラストを描きおこして貰ったものだ。


 懐かしそうな顔をしていたミキがニッと笑う。

「もうちょっとして、落ち着いたらさ、温泉でも行こうか?」

「そんなこと言ったって、この先どうなるか分からないぞ」

「明けない夜は無いんだし、いつかはきっとね」

「まあ、そうだろうけど。急になんで?」


「こうやって、顔が見れて、話ができるのもいいけどさ。たまには触れたいし、匂いも嗅ぎたいよ」

「なんかちょっと変態っぽい」

「むう。酷いな。匂いってね、一番記憶に残るんだよ」


 記憶に残さなければいけない理由があるのかとヒロはドキリとする。カメラごしにその動揺を読み取ったのか、ますますミキの笑みが大きくなった。

「それに、目の前にニンジンぶら下げないとヒロは頑張らないでしょ? 金沢以来だっけ?」


 ヒロは頬がちょっと赤くなる。確かに色々あったせいで、あれほど濃厚な接触があったのは金沢旅行が最後かもしれない。運動不足かつストレスによる過食で太ったのは間違いない。ミキに力ない笑みを向けながら、明日からはフィットネスを頑張ろうとヒロは固く心に誓った。いや、今日の夜からだな。


 

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