ピザ屋が来ない!

タカテン

幾ら待ってもピザ屋が来ない話

「あれ?」


 それは後輩の尾崎と、俺の部屋で対戦格闘ゲームをしていた時のことだ。

 頼んだピザはなかなか来ないし、ゲームは全然勝てないしで熱くなった俺は、頭を冷やそうと窓の外を見た。

 そして気が付いた。

 

「どうしたんですか、先輩?」

「なんか……窓の外……みんな早歩きになってる……」

「あれ、本当ですね」


 きょとんとする尾崎を置いて俺は慌てて立ち上がると、急いで玄関のドアを確かめた。

 

「うそ……」

「先輩、そんなに慌てて何かあったんですか?」

「扉が……開かねぇ」

「は?」

「扉が開かないんだ。てことは」


 俺は次いで窓ガラスを開けようとする。が、こちらもまるで固定されてるみたいにビクリとも動かない。

 

「なんてこった……」


 窓の向こうでは人の動きがますます早く、まるで10倍速の動画みたいになる。

 

「俺たち、おうち時間に閉じ込められちまったぞ!」

「おうち時間?」

「そうだ。別名おうち空間とも言う。その部屋の中だけ時間の流れが変わるんだ」


 どうしてこんなことになった? 俺たちは普通の大学生で、休日にゲームして遊んでいただけなのに。

 

「はぁ。なんか藤子不二雄のSFっぽい設定ですね」


 そんな俺を尻目に尾崎がしれっと言った。

 尾崎雛おざき・ひな。俺のひとつ年下の、同じ大学に通う後輩。チビのくせして乳が馬鹿みたいにデカい。

 

「設定っておまえ……俺たち閉じ込められたんだぞ?」

「でも絶対出られないわけじゃないんでしょ?」

「ああ。一応誰かがこの部屋を訪ねにやってくると解除される。だが、俺は基本的にボッチだ。お前ぐらいしか友達がいない」

「自信満々に悲しいこと言わないでくださいよ」


 尾崎が憐みの眼差しをくれる。うむ、同情してくれるなら、末永く俺と友達でいてやってくれ。

 

「でも、それなら大丈夫なんじゃないですかね?」

「ボッチなのに?」

「はい。だってほら、私たちこうなる前にピザを頼んだじゃないですか」

「あ、そうか! ピザ屋がそのうちやってくるか!」

「そうそう。なのでここは大船に乗った気持ちでゲームの続きをしましょう」


 そう言って尾崎は床に座り込んだ。おっぱいがぷるんとTシャツ越しにめっちゃ揺れた。

 

「そうだな。でも少しは手加減してくれると助かる」

「ダメですよ。こういうのは本気で遊ぶから勝ったら楽しいし、負けたら悔しくて『上手くなってやろう』と思うもんなんです」

「しかし、こうも負けが込むとさすがにやる気が……」

「仕方ないですねぇ。だったら先輩が私に勝てたらおっぱいを揉ませてあげますよ?」

「何をやっている、尾崎? さぁ、はやく続きをやろうじゃないか」


 俺もどしっと床に座り込むとコントローラを持つ手に力を入れた。

 どうやら本気を見せる時が来たようだな。

 

 かくして俺たちはおうち時間に囚われながらも再びゲームに没頭し始めた。

 

 

 

 一時間後。

 

「なぁ、尾崎」

「なんですか、先輩?」

「……ピザ屋、全然来ないな」

「来ないですねぇ」

「……なぁ尾崎」

「今度は何ですか?」

「……窓の外さ、なんか凄いことになってねぇか?」

「なってますねぇ」


 果たして窓の外ではどれだけ時間が流れたのだろう。

 車が空を飛んでるし、奇抜な芸術作品みたいなフォルムのビルが立ち並んでいるし、街を歩く人々は何か銀色のレオタードみたいなものに身を包んでいる。

 すげぇ、まさにザ・未来って感じだ。

 

「てか、やばいよな、これ」

「やばいですね。まさか一時間でこんなになるなんて思ってもいませんでした」

「部屋の中はまだ昼の二時……なぁ、このまま夕方まで遊んでたらどうなると思う?」

「さぁ。あ、でもそろそろ大きな戦争がありそうな感じはありますよね」

「だよなー。で、人類が滅んじゃったりして」

「あはは。そんな、まさかぁ」


 ふたりして乾いた笑いを部屋中に鳴り響かせたその時だ。

 突然、窓の外がピカッと光ったかと思うと、次の瞬間には何もかもが炎に包まれるわ、爆風で吹き飛ばされるわの地獄絵図が展開された。

 

「って、ちょっとおい! マジで世界大戦が起きてるじゃねぇか!」

「ピザ屋を待って悠長にゲームなんかしてる場合じゃなかったですよ!」


 尾崎が慌てて玄関のドアノブを何度もガチャガチャさせる。

 俺も窓ガラスへ椅子を思い切り投げつけてやった。

 が、ドアは全く開かないし、窓ガラスも傷一つつかない。

 そうこうしているうちに窓の外の景色は世紀末救世主伝説も真っ青な、マッドマックス味溢れる世界へと変わっていった。

 なお、しばらく窓の外をじっと眺めたが、人間の姿は全く見当たらない……。

 

「人類滅亡しちゃったのでしょうか?」

「分からん」

「ちなみにこのおうち時間から解放された場合、元の時間に戻れるのでしょうか?」

「そのはずだけど……でももはやこの部屋に訪れる人はもう誰も……」

「いえ、ちょっと思ったんですけど、もしかしたらこの部屋から出る方法がひとつあるかもしれません」

「マジか!?」


 思わず尾崎の顔をガン見した。てか、なんで顔を赤らめてるんだ、お前?

 

「えっとですね、ほら、ちょっと前に流行ったネタがあったじゃないですか」

「ネタ?」

「ええっと、その……セックスしないと出られない部屋、っていう奴」


 ………………ありましたね、そう言えば。

 

「……どうします、先輩? 試してみます?」

「え? いや、しかしそれはさすがに……」

「私は……別に構いませんよ?」

「え?」

「いや、勘違いしないでください。このまま何もしないまま餓死するのを待つのが嫌なだけです。だって先輩、家の中に食べ物の貯蓄とかないでしょ?」

「うむ。せいぜいカップラーメンが2つほどだ。だからピザを頼んだわけだし」

「ですよね。私、お腹減りました」

「俺も減った」

「それじゃあ……その」

「……やるか、尾崎」


 意を決して俺は尾崎の両肩に手を置く。

 こいつ、胸はこんなに大きいのに本当に身体は小さいんだなと改めて思った。

 

 尾崎が目を瞑った。そうだな、こんな時でもやっぱりそういうのは大切だ。

 俺も少し屈んで尾崎の唇に自分の唇を重ねようとして――

 

 不意に玄関の扉が開いた!

 

「スミマセーン! ピザ、遅くなりましター!」

「「ピザ、来るんかーい!!」」


 終わり

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