KAC20212 お題『走る』

魔法少女あいす 2話 まずは体力をつけよう

 一度だけ魔法が使えたものの、それ以降は全く魔法が使えない事にあいすはご機嫌が斜めだった。取り敢えずステッキを振っていれば出るかもと考えた彼女は、ステッキの素振り1日10回を続ける事にする。

 とは言え、それで魔法が使えるようになると言う事はなく、ついにあいすの不満は爆発した。


「おいトリ! お前何とかしろや!」

「僕と一緒だったらきっと魔法も使えるホ」

「1人で魔法使いたいんじゃ! それでこその魔法少女やろがい!」


 1人気を吐く彼女に対し、居候のトリは真顔でクールにこの状況を分析する。


「あいすは魔法の勉強以前の問題かも知れないホ」

「は? どう言う事?」

「ちょっと試してみるホ」


 トリはそう言うと、強制的にあいすを運動させた。握力測定、腹筋に背筋、脚力、反復横跳びなど、トリがその小さな翼で羽ばたく度に全力でそれをせざるを得ない状況に追い込まれていく。全てを測り終えた頃、あいすはすっかり疲れ果てて床に倒れ込んでいた。


「しんどい事させやがって……」

「やっぱりだホ! あいすは体力が足りないんだホ!」

「は? 魔法は魔力だろ?」


 トリの分析を聞いた彼女は首をかしげる。そもそも、魔法を使うのに体力を使うなんて話は聞いた事がない。なので、あいすはこの指摘を全く信じなかった。

 話を聞く気のない彼女を見たトリは、ハァと大きなため息を吐き出す。そうして、翼に力を込めて熱弁した。


「魔法の才能のない者が魔法を使うには生命力、つまり体力を媒介にしなくちゃいけないんだホ!」

「え~っ。嘘だぁ~」

「あいすは魔法を使いたくないホ?」

「いや絶対使う!」

「なら、ボクの話を聞いてもらうホ!」


 と言う流れで、その日からトリによるトレーニングが始まった。体力増強の基礎はまずは走り込みからと言う事で、トリコーチの厳しい声が響き渡る。


「走るホ! とにかく走るホ!」


 元々体育会系じゃないあいすは、体力も平均以下のへなちょこだ。トリの考えたトレーニングの最初の一歩、家の周りを5周でさえ完遂出来なかった。彼女は4周半まで来たところでバテてしまい、流れるように地面に倒れ込んだ。


「キツい、マジ無理」

「じゃあ、魔法はあきらめるホね」

「ぐぬぬ……」

「さあさあ走るホ!」


 トリのスパルタ指導は続く。その内容はとにかく走り込みだった。走って走って走って走る。続ける事で距離はじわりと伸びていくものの、強い言葉で優しさのかけらもないその指導にあいすは疑念を抱いた。


「お前ちょっと調子乗ってないか?」

「そそそそ、そんな事はないホ」

「目を泳がしてんじゃねー!」


 図星を突かれたトリは、分かりやすく挙動不審になる。彼女はそんなトリをがっしりと掴むと、溜まっていたストレスの分だけ思いっきりブン投げるのだった。


「真面目にやりやりやがれぇぇ!」

「あーれーホーッ……」


 あいすは手をパンパンと叩き、う~んと思いっきり背伸びをする。遠くに飛ばされたトリもすぐにまた戻ってきた。


「その力があるなら、どうしてもっと早く長く走れないホ?」

「知るか! こんなのもういいだろ? 早く魔法を使えるようにしろや!」

「まだまだ数値が足りないホ。もっと体力をつけるホ」


 トリがあいすの要求を却下していると、そこにまたしてもモンスターが現れた。今度は身長が3メートルはあろうかと言うムキムキマッチョな牛頭の化け物、ミノタウロスっぽいヤツだ。


「見つけたぞお~っ!」


 このモンスターに見覚えがあったのか、トリは顔を青ざめさせながら速攻でその場を離脱する。そのスピードは今まであいすが知っている速さの3倍はあった。


「ひいいホー!」

「あ、こら待てー!」


 あいすもすぐにトリを追いかける。彼女もミノタウロスのヤバさが直感的に分かったからだ。ターゲットに逃げられた形になったミノタウロスも、顔を真っ赤にしてすぐに走り始めた。


「逃げんじゃねー!」


 怒涛の勢いで迫ってくる牛頭を見た2人は必死に逃げる。走って走って限界を越えるほどに足を動かした。この時、全力以上の力を出していたからか、ステッキが反応する。魔法の力が追加されたあいすは、通常の数倍の速度を出せていた。


「くそっ! 追いつけねえ! ならばこうだ!」


 一向にターゲットとの距離が縮まらない事に業を煮やしたミノタウロスは、走りながら右手を上げて魔法を発動。周りの空間を異空間に引きずり込む。2人はこの効果範囲外まで逃げ切る事が出来なかった。


「これで逃げられまい!」

「うわああっ」


 異空間ではいきなり空気が重くなり、あいすはステッキからの魔法のブーストを無効化されてしまう。そのせいで通常スピードに戻った彼女は、ついにミノタウロスに追いつかれてしまった。


「まずはお前からだあ!」


 鼻息の荒いムキムキマッチョの牛男のごつい手が彼女に迫ってくる。まだ自前の魔法が使えない彼女は、恐怖で完全に思考が停止してしまった。


「ひぃぃぃ!」

「あいす、危ないホー!」


 あいすのピンチにトリは口からビームを吐き出す。そのビームが直撃してミノタウロスは大爆発。木っ端微塵になった。


「間に合って良かったホ」


 敵が倒れた事で異空間も消滅し、2人は元の世界に戻ってくる。平和が戻った夕暮れの中、あいすはさっきのトリの意外な特技を目にして認識を新たにした。


「トリ、お前強かったんだな」

「あれは魔力が充満しているあの異空間の中だったら出来ただけホ」


 どうやらトリがその力を発揮するにも条件が必要らしい。ミノタウロス相手に手も足も出なかった彼女は、沈みゆく夕日に向かって決意を新たにする。


「もっと力をつけて、絶対魔法を使えるようになってやるーっ!」


 努力が実を結ぶかどうかは、今後の彼女の頑張り次第。夕日に向かって気合を入れるその姿を見て、トリもまたあいすを一人前の魔法少女にしようと改めて闘志を燃やすのだった。



 3話

 https://kakuyomu.jp/works/16816452219019936314/episodes/16816452219092538442

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