超高速お嬢様

 その街には走るのが早いお嬢様がいる。とある貴族のご令嬢であるそのお嬢様はとても美人でスタイルも良く、街のアイドル的な存在。どんなに言葉を尽くしても全然足りないほどに美しいため、街の内外の男達から求婚の話が尽きなかった。まだ13歳の若さで。

 けれど、お嬢様にはそんな男達の言葉は届かない。まだ彼女は恋愛に全く興味がなかったからだ。それよりも、ただ走る事が好きな1人の少女だった。


 日に日に多くなる殿方からのアプローチにうんざりしたお嬢様は、ある条件を提示する。それを満たせば話を受け入れると。つまり、絶対の自信のある分野で勝負を持ちかけ、体よく断っていこうとした訳だ。

 とは言え、それに勝てたなら確実に付き合えると言う事にもなるため、彼女を狙う男共は一斉に色めき立つ。


 で、その条件はと言うと――。


「私より早い殿方がいれば付き合ってさしあげますわ」


 一見簡単そうに見えるこの条件。いくら早くても13歳の少女の脚力などたかが知れている。みんなそう思ってこの条件を受け入れ、次々に彼女に勝負を挑んでいく。

 けれど、誰も追いつけなかった。毎回、お嬢様はぶっちぎりで勝利をもぎ取っていく。彼女に競争で勝てる者は誰ひとりとしていなかった。


 お嬢様に憧れるのは上流階級の男達だけではなく、街の庶民の男達も虜にしている。街の住人で彼女と同い年の少年もその1人。彼は脚が速いのだけが取り柄で、純粋な競争相手としてお嬢様を相手にしている。2年ほど前に少年が走っていたところにお嬢様が追走してきて、そこからランニング仲間としての関係が始まった。

 その日から週に1回、決まって木曜日の朝に少年とお嬢様は一緒に走っている。お互いに走る事を純粋に楽しむものの、勝負としてはお嬢様の方が早いため、少年が軽く扱われる日々が続いていた。


「そんなんじゃ一生私に告れないぞ」

「ば、俺は走るのが好きなだけだし」


 いつも勝っているからこそ、お嬢様は少年をからかっては無邪気に笑う。そんな時間を2人は純粋に楽しんでいた。


 そんなある日、街からお嬢様が消える。貴族の関係者も警察も熱心に捜索するものの、どれだけ探して見つからない。有名な彼女が消えてしまったと言う事で、街はちょっとした騒動になった。

 お嬢様の捜索に少年も自主的に参加する。彼女の現れそうなところを一通り回ってみるものの、手がかりは何ひとつ見つからない。疲れ果てた彼が公園のベンチに座っていると、突然鋭い風が吹き抜けていく。そうして、その風の中に彼女の姿が見えたような気がした。


 少年は見間違いかと自分の目を疑うものの、一応報告しようと貴族の家に向かう。彼女の父親にその事を軽く話すと、彼は驚愕した表情になり、頭を抱えて椅子にどかりと座り込んだ。


「公爵様、一体どうしたんですか?」

「恐れていた事が起こってしまったようで、途方に暮れているのだ」


 どうやら彼はこうなった原因を知っているようだ。その絶望した様子から、状況が最悪だと言う事も。ここまで来たら乗りかかった船だと、少年は詳しく事情を聞く事にする。


「あの、僕に何か出来る事は?」

「君、名前は?」

「えっと、カイル……です」

「そうか、君が……。君の事は娘からよく聞いているよ。君になら話してもいいかも知れないな」


 お嬢様は、彼――カイルの事を父親によく話していたようだ。目の前の少年がその相手だと分かると、伯爵は少し表情を柔らかくして事情を話し始めた。


「我が娘、ルルナのロードランナーが暴走してしまったらしい」

「それってまさか……」

「そう、脚力を何倍にも増幅する事が出来る魔道具だ。私が娘の10歳の誕生日に買い与えた。ロードランナーはごく稀に気に入った相手を超高速で走らせてしまうと言う都市伝説がある。ただの悪質な噂だとばかり思っていたのに……」

「そんな……マズいじゃないですか」


 カイルもまた走るのを趣味にする男、当然、魔道具ロードランナーの事もよく知っていた。本体は魔石でブーツに仕込まれて使われる高級魔道具のひとつ。相性があって、気に入った相手にしかその能力を発揮させない。そして、暴走した時には死ぬまで走り続けるとも言われていた。

 こうなる危険性があるのに野放しにしているはずがないと、彼は伯爵に詰め寄った。


「何とかする事は出来ないんですか!」

「方法はない事もないんだ。もしかしたら……君なら」

「僕に何か出来るなら、やらせてください!」

「その言葉を待っていたよ」


 伯爵はそう言うと、カイルを魔道具保管庫に案内する。そうして、ロードランナーと同じ脚力強化型ブーツを取り出した。ブーツを見た瞬間、カイルはそれが何かを理解する。


「ロードランナーと対になる魔道具ワイリーコヨーテ! これが保険だったんですね!」

「やはり詳しいな。そう、ロードランナーを止めるには同じ性能のこれを使うしかない。だが、コヨーテもまた持ち主を選ぶ。今まで誰も使いこなせなかったんだ」

「知ってます、確か条件は純粋に走る事が好きな若者……」

「だから君をここに呼んだ。君なら使いこなせる可能性もゼロじゃないと」


 伯爵からワイリーコヨーテを手渡されたカイルは恐る恐る足を入れる。魔道具は装着者本人の資質を自動的に読み取り、適切なサイズに調整された。この機能が正常に働いたと言う事は、魔道具が彼を認めたと言う事。無事に第一段階をクリアして、カイルはホッと胸をなでおろす。

 ワイリーコヨーテの適合者を目にした伯爵は、希望に顔をほころばせて盛大に拍手をした。


「ブラボー! おお、ブラボー! これで娘も救われる!」

「でも待ってください。ワイリーコヨーテを使っても確実に追いつけるかどうかは」

「だがこれで可能性は繋がった。きっと君ならその先も繋げてくれると信じているよ」

「わ、分かりました。頑張ります!」


 こうして魔導ブーツを装着したカイルはルルナを助けるために走り始めた。ワイリーコヨーテは彼の足によく馴染み、踏み出した一歩目から驚異的なスピードを発揮する。そのスピードは流石ロードランナーと対になるだけあって、常人の目に捉えられるレベルではなかった。


「こ、これはすごい。すごすぎるッ!」


 カイルはそのスピードに興奮する。最初はコヨーテに使われる状態だったものの、すぐにコツを掴み始め、その力を自分の意志で制御出来るようになってきた。突風の速度を出して、街のどこかにいるはずの彼女を探す。

 彼は何故か確信していたのだ。ルルナがどこか遠い所ではなく、まだこの街のどこかにいると。


「待ってろよルルナ。絶対見つけ出して助けてやるからな」


 カイルは走る。ただひたすらに走る。自分と勝負の出来る唯一の相手を見つけるために。暴走して困っているだろう友達を捜して。

 コヨーテの力を自分のものにした彼は街を何周も何周も走り回り、ついに同じ速度で走る何かを見つけた。それを確認出来た瞬間、カイルの目がキラキラと輝き出す。


「ルルナ!」

「え? カイル?」

「待ってろ! すぐ追いつく!」


 彼はブーツの力を最高に引き出してルルナの背後3メートルにまで接近。接触まで後少しと言うところまで来た。ロードランナーの暴走は装着者を追い抜く事で止まる。カイルは更に力を込めてスピードを上げていった。

 距離が近付いた事で、前を走るルルナの目も光る。彼女は走りながら振り返った。


「良かった。競争相手を捜してたんだよ。やっぱり1人で走るのはつまらないよね」

「え?」


 ルルナはそう言うとギアを更に一段上げる。手を伸ばせば届きそうな距離に近付いたところで、彼女はその先のレベルのスピードを出して一気に突き離した。そこでカイルはこれが暴走ではなく、彼女の望みだった事に気付く。


「そう言う事かよ。じゃあ、真剣勝負だ! 絶対に追い抜く!」


 そこからは同じ効果の魔道具を使った純粋な追いかけっこ。条件が同等なら素の能力で勝るルルナにカイルが追いつけるはずもなかった。近付けば離され、追いつけば更に加速されて、彼女を見つけても状況は一向に変わらないまま。


「ヘイヘーイ! その程度かーい!」

「このっ、調子に乗んなっ!」


 超高速で走る2人を他の人間は全く認識出来ない。ただ、常識を外れた突風が急に吹き抜けるように感じるだけ。

 この目にも止まらない追いかけっこは永遠に続くようにも思われた。彼らの追いかけっこはやがて街を離れ、遠くの砂漠にまで続いていった。


 この時、調子に乗って走り続けるルルナの前に突然隕石が落ちてくる。彼女の速度を持ってしてもこの災厄から逃れる術はなさそうだ。後方で事態を確認したカイルはその先の未来を想像して恐怖を覚える。


「ルルナーッ!」


 彼はルルナを助けようと、全力の更に上の段階にスピードを上げた。火事場の馬鹿力だ。全力の上に更に全力。彼女を助けたいと思うカイルの気持ちに応え、ワイリーコヨーテは爆発的な力を発揮した。


 その瞬間、風どころか光の速さにも到達した彼は彼女に追いつき、抱きかかえ、そのまま隕石をすり抜けて街まで戻ってくる。見覚えのある入口についたところで、力を出し切ったお互いの魔道具は呆気なく壊れた。


「ふ~、何とか間に合った」

「負けちゃった。さすがだね、カイル」

「お、おう……」


 まだ抱きかかえていたままのルルナをカイルが下ろした時、遠くから大きな衝撃が伝わってきた。隕石が落ちてクレーターが出来た影響のものだ。2人はそれに巻き込まれなくて良かったと、ホッと胸をなでおろす。


 その後、2人は更に仲良くなり、親公認のランニング仲間になる。相変わらず素の速さでは彼女に勝てないものの、カイルは今日もお嬢様に挑み続けるのだった。

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