ちび魔女のおうち時間 しばらく引き籠もることにしたんですけど、寂しいので弟子を創ることにしました!
荒木シオン
おうち時間で弟子を育てる
ぐすん……最悪、最悪です。悲しすぎて涙が止まりません。
こんなことなら「魔女のお茶会」になんか出るんじゃありませんでした。
珍しく私のようなはぐれ者にまで招待状が届くから、変だとは思っていたんです……。
でも、せっかくだからと二〇〇年ぶりに出席してみた結果は、なんと手紙の送り間違い!
もう、本当に惨めでした……。名だたる魔女と弟子たちが優雅にお茶を楽しみながら歓談するその端で、ひとり寂しく過ごすしかない私。
挙げ句の果てには、師匠とはぐれた弟子と勘違いされる始末です! 確かに小柄だし幼く見えますけども! 私、これでも一端の魔女なんですからね?!
はぁ~、思い出すとまた悲しくなってきました……もう、ヤダ。私、おうち帰る! それから今日という日を誰もが忘れるまで引き籠もる!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして帰ってきました! 森の中にひっそりと建つ苔むしたマイホーム!
ふぅ~、やっぱり我が家が一番落ち着きますね……。そうですよ、お茶だって独りでゆったりと飲んだほうが美味しいんですから……。
でも……お茶会の魔女たち、弟子がいて幸せそうでしたねぇ……。
もしも、あの時……私にも弟子がいたら色々と違っていたんでしょうか? きっと違っていたんでしょうね。
少なくともこうして憂鬱な気分で独りお茶を飲むことはない気がします……。
そんなことを考えていたせいか、読んでいた魔女新聞のある広告が目に留まります。
『貴女も理想の弟子を育てませんか?! 週刊、弟子を育てる! 創刊!』
『昨今の弟子不足に悩む魔女の皆様! 師匠の教えをよく守り、優秀で、まるでもう一人の自分と思えるような真の弟子が欲しいと思ったことはありませんか?』
『初めて弟子を育てる魔女様もご安心ください! 弟子育成に必要な教材(杖や魔術書、薬草の調合機具)などは全て付属しています! あとは当社魔女監修の育成マニュアルを読みながら、それを実践するだけ!』
『創刊号は【弟子との出会い】も付いて499ルード!(通常価格1990ルード)ウィッチゴスティーニ! ※人気商品となっておりますのでお早めにご注文ください!』
こ、こ、これだぁあぁぁ! これ! これですよ!
これを買えば私のような辺境に引き籠もる魔女にも優秀で可愛らしく師匠をよく敬ってくれる魔女見習いが弟子入りしてくれるに違いありません!!
購入! 購入です! 急いで申し込まないといけません!
あ、定期購入コースがある? 我が家に毎号届いて若干の割引もあり? お、お得! 便利! 凄い! 至れり尽くせり!
若干興奮しながら申込用紙を書き上げ、勢いそのままにそれを暖炉の火の中へ。
放り込まれた瞬間、キラキラと輝きながら消える紙。
申し込みはこれで完了。はぁ~、届くのが今から楽しみですねぇ。いったいどんな弟子と出会えるんでしょう?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
次の日、早朝から我が家の前に届く小包!
早い! ウィッチゴスティーニは仕事が早い!
早速、小包を開封すると……中から出てきたのは数冊の本とフラスコなどの機具一式。
ふむ……フラスコは弟子用のヤツですかね? 最初は薬学から教えるんでしょうか?
うんうん、薬学なら魔女術と違って憶えるのも楽ですしね! あと魔女っぽい作業なので弟子も喜ぶ気がします!
かく言う私も最初は薬学を師匠から教わりました! 初めて薬を完成させたときの達成感は今でも忘れられません。
ふふっ、この育成マニュアルを監修したウィッチゴスティーニの魔女は分かってますねぇ~。
さておき、そうした教育も弟子がいなければ始まりません……。
私の可愛い弟子はいつ来るんでしょう? 初回は【弟子との出会い】が付いてくるって広告にあったんですけど?
ハッ! もしかして、一緒に入っていた本のどれかが弟子の履歴書集になってたりしますか?! そこから好みの弟子を選んで伝える方式! そうに違いありません!
いくらなんでも面接とかせずに弟子を送られても困りますもんね! 流石はウィッチゴスティーニ! 分かってらっしゃる!
で、届いた本にザッと目を通したんですが……一枚もありませんね、履歴書。
あれ? わ、私の弟子は? 可愛らしくて師匠を敬ってくれる弟子はどこですか?!
き、きっとなにか見落としてるんです……そうに違いありません!
と、とりあえずマニュアルの一冊目から熟読してみましょう。
読んでいる間に弟子が訪ねてくるかもしれませんしね!
さて、まずは届いた機具を組み立てるんですね……本当は弟子と一緒にやりたいところですけど……マニュアルには師匠が組み立てるように書いてますししかたありません。
手を動かすこと小一時間。
ようやく機具の組み立てが終了しました。うん……完成したら私が作業して正解だったと思えますね。
フラスコへ複雑に繋がる様々な機材……これを魔女見習いの弟子がミスなく再現できるかというと限りなく怪しいところです。
そうして、次は……あ、なるほど動作確認ですか。そうですよね、これほどの機器ですから弟子が安全に使用できるか確かめるのは大切です。
作るのは……なんでしょう? 見たことのない薬のレシピです。まぁ、とりあえず指示通りやってみますけど……。
一緒に届いた薬品数種を混ぜ入れ、最後に私の血を数滴……本当、これなんの薬なんでしょう? 惚れ薬や変身薬のレシピに若干似てますけど違いますし……。
ましてそんな難度の高い薬を初回で作らせる意図が分かりません。
さておき、とりあえず今日の作業はここまでみたいですね。
本の指示に従うなら続きは十三時間後から……ふむ、ということは弟子も明日来るのかもしれませんね!
はぁ~、良かったです。ちゃんとマニュアルを読んで機具を組み立てておいて! 弟子が来てから慌てずにすみますね!
ふふっ、明日からの弟子と過ごす日々が待ち遠しいです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、機具の様子を見にいくと大変なことが起こっていました!
機器の中心に据えられたフラスコの中に! 中に蠢くなにかがいます!
予想外の変化に驚愕しつつ、フラスコへ近づき中の様子を覗うと……そこには裸の小人が!
え? あれ?! なんで?! というかどこから入り込んだんですか?! この小人!
フラスコの中に忍び込めるような隙間とかどこにもありませんよ?!
あと製造中だったはずの薬は?! ちゃんと完成したのか確認しないと次のステップに進めないじゃないですか! あぁ、もう! こうしている間にも弟子が来たりしたら!
なにから対処すべきか分からず軽く混乱していると、
「シショ~? ししょ~? 師匠?」
どこからか小さな声が聞こえてきました……。
わぁ~ん! ほら! やっぱり今日、弟子が訪ねてくるじゃないですか! 最悪! 最悪のタイミングです!
でも、待たせるのも悪いので出迎えようと慌てて玄関の扉を開けますが――、
――誰も……いませんね。
困惑していると背後から、
「師匠? こっち! こっち!」
先ほどと同じ声が……。
嫌な予感とともに振り向けば、フラスコの中の小人が笑いながらこちらを見つめていました……う、ウソだ!!
わ、私の初弟子が、ふ、フラスコの中の小人……ほ、ホムンクルスだなんて嘘だと言ってくださいよ!
まさかの事態にその場で崩れ落ちそうになっていると、
「師匠? 師匠? 大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくる小人。
腰まである黒いつ艶やかな髪に紅玉のような赤い瞳、隅から隅まで私と瓜二つのホムンクルス……。
確かに、確かに広告には『まるでもう一人の自分と思えるような真の弟子』とか謳われていましたけども!
そっくりそのまま自分の容姿をコピーするホムンクルスのことだとか思わないじゃないですか! 詐欺だ! これは酷い詐欺ですよ! 断固抗議です!
私を呼ぶ小人を無視してウィッチゴスティーニへ連絡すると、その旨はちゃんと書いてあります。確認しなかったお客様の責任では? とにべなくあしらわれます。
くっ、よく見ると確かに広告の隅に小さく記載してありました!『本商品は最新のホムンクルス育成キットです』って……。
残りの商品もキャンセルできないらしいですし、本当に最悪です……私の馬鹿。
弟子という言葉で舞い上がり、よく確認せずに注文した自分の行動を悔いていると、
「師匠? 元気、出して! 私、頑張るから! 立派な魔女、なるから!」
精一杯励まそうと一生懸命に大きな声を出すフラスコの中の小人……。
こんな私でも、師匠と慕ってくれるんですか……貴女に酷い印象を持っていたのに。
はぁ~……そう、そうですね。せっかく生まれてきてくれたんですし、ちゃんと育てましょうか。創った責任もありますし……。
ならまず名前を決めないとですね……。
う~ん……よしっ、貴女の名前は――、
そうして告げるとフラスコの中の小人はニッコリと微笑み返してきました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから長い時が流れ……。
「師匠! 師匠! 早くしないとお茶会に遅れますよ!」
「分かってますってば! ちゃんと出席するって約束したじゃないですか!」
首から下げたフラスコの中の小人に急かされながら私は数百年ぶりに家の外へ。
「師匠の長かった引き籠もり生活、もといおうち時間も今日で終わりですね……」
「うっさいです。弟子のくせに生意気です! はぁー、貴女はいいですねぇ、フラスコという我が家ごと移動できて! 永遠のおうち時間じゃないですか!」
「わぁ~お、師匠がいつにも増して辛辣ぅ~♪ 弟子の初のお茶会なんだから喜んでくださいよ、お師匠様!」
「それは……分かってます。喜ばしい限りです」
あれからフラスコの中の小人を一生懸命修行させ、ようやく一人前の魔女として認められたのがつい先日。
そうして今日、彼女は世界で最初の「ホムンクルスの魔女」として「魔女のお茶会」にデビューします。
まさか、こんな風に再びお茶会へ参加する日が来るとは思いもしませんでした……。
よしっ……行きますよ愛弟子! おうち時間もいいですが、外はもっと楽しいんですからね!
「えぇ! 師匠と一緒に行くところならどこでも素晴らしい『おうち時間』を私は過ごせることでしょう!」
完
ちび魔女のおうち時間 しばらく引き籠もることにしたんですけど、寂しいので弟子を創ることにしました! 荒木シオン @SionSumire
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます