きみの物語になりたい

紫 李鳥

きみの物語になりたい

 


 奈穂子なほこは2500グラムにも満たない“低出生体重児”だった。だから、保育器の中で泣いている奈穂子を抱いてやることもできなかった。


 ……ごめんな、奈穂子。


 俺は心で詫びた。



 そんなきみは今5歳。すくすくと育ってくれた。体重は18キログラム。身長は99センチ。笑顔が可愛い俺の宝物。


「奈穂子。今日は何して遊んだんだ?」


 会社から帰ると、真っ先にミディアムボブの奈穂子を抱き上げる。


「あのね、ママがえほんよんでくれたの」


「絵本か。何読んでもらったの?」


「あのね、さんびきのこぶた」


「3匹のこぶたか。どんなお話?」


「……んとね。こぶたがさんびきいるの。そしてね、おうちをつくるの」


「どんなおうち?」


「んとね。……わらのおうちと……」


 奈穂子は一生懸命に思い出しているようだ。妻の作った料理を食べながら、奈穂子の話は続く。


「……きのおうちと……」


 ハンバーグを口に含むと、目をキョロキョロさせながら、


「あっ、レンガのおうち!」


 そう言って、つぶらな瞳を向けた。


「スゴいな。それからどうなったの?」


「んとね。……オオカミがたべにくるの」


 奈穂子はそう言って、ハンバーグをパクッと口に入れた。フォークを持って食べている奈穂子を見ながら、俺は微笑んだ。


 ちゃんとフォークも持てる。ちゃんとお話もできる。それが無性に嬉しかった。


 目を輝かせながら話をしている奈穂子を見て思った。きみとの想い出をいっぱい作ろうと。


 そしていつの日か、「私のお父さんはね……」って、誰かに話してもらえるような、そんな父親になりたいと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみの物語になりたい 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ