同じ日に生まれた幼馴染二人の静かな誕生日

久野真一

第1話 二人だけの誕生日パーティー

 人間は、共通項を持った人により親しみを感じるらしい。

 たとえば、趣味が同じであるとか。

 あるいは、食べ物の好みが似通っているとか。

 育った境遇が似通っているとか。


 俺、佐藤一樹さとうかずきにしてみれば、確かにそれは真実だと思える。

 だって、彼女と仲良くなったのはとびっきりの共通項のおかげだったから-


◇◇◇◇


 薄暗い部屋。小さなテーブルに二つのショートケーキが並んでいる。

 ケーキの上でゆらゆらと小さな炎を灯しているのは、三十四本のローソク。


「こうするのも、もう何度目だろうな」


 少し不思議な、なんとも言えない気分になりながら、言葉を発する。


「五回目、だよ、カズちゃん」


 テーブルを挟んで向かいの彼女が、優しげな声で語りかけてくる。


「そう、だな。中学に入ってからは、毎年こうだよな」

「うん。でも、ちょっと子どもっぽいかも」


 少し舌っ足らずな、でも、癒やされる声が綾音あやねの魅力の一つだ。


「仕方ないだろ。一緒に誕生日パーティーとか冷やかされるに決まってるんだから」


 俺と対面に座る、二岡綾音ふたおかあやねは幼馴染だ。

 それも、誕生日が同じで同い歳という、ちょっと特別な共通項を持っている。


「カズちゃんも恥ずかしがり屋さんなんだから」

「それを言うなら綾音もだろ。これ提案したのもお前だしさ」

「あ、そうだったね」


 そんなところは、昔から変わってないな、とふと思う。


「とにかく、誕生日パーティー、始めようか」


 この日は、もちろん、昔から特別な日だった。

 でも、彼女が転校して来てからは、もっと特別な日になった。


「うん。それじゃ……」

「ああ」


 揃って、誕生日の歌を歌い出す俺たち。

 そして、お互いの名前を呼びかけるところで。

 

「Happy birthday dear 「綾音|カズちゃん」……」


 毎年、こうやって誕生日ソングを歌うんだけど、いつもここだけが違う。


「毎年のことだけど、ここもうちょっとなんとかならないか?」

「いいと思うけど。ちょっと特別な感じがするし」

「まあいいけどさ」


 ただただ、嬉しそうな綾音を前にすると、何も言う気が起きなくなる。


「とにかく、十七歳の誕生日おめでとう、綾音」

「カズちゃんも、十七歳の誕生日おめでとう」


 お互いに誕生日を祝い合って。

 それから、ロウソクの火を、ふーと吹いて消そうとする。


「はあ。さすがに十七本は一度に消えないか」

「毎年、毎年、増えていくもんね」


 なんて言いつつ、再度息を吹いて、今度こそ合計三十四本のローソクの炎を消す。

 一瞬、部屋が真っ暗になって、お互いの顔すら見えなくなる。


「この、真っ暗になる瞬間、好きだな、私」

「不思議と落ち着くよな」


 真っ暗な部屋の中、そんな事を言う俺たちは、どこか近い感性があるんだろう。


「カズちゃんは、どんな気分?十七歳になって」


 暗闇の中、優しげな声だけが部屋に響く。

 どんな気分、か。


「結構、楽しいかな」


 深いことを考えずに、正直な気持ちを答える。


「その。楽しいから、っていうのは、なんで?」


 その言葉に、途端に顔が熱くなるのを感じる。

 今が暗くて、お互いに顔が見えなくて良かった。


「そ、それは……」

「それは?」


 部屋が明るかったら、興味津々という表情が見られるんだろうか。


「綾音と、一緒に、こうして誕生日を祝えるからさ」


 恥ずかしいのを我慢して、正直な気持ちを告げる。


「毎年、そんな風につっかえてるよね。ふふ」


 どこか可笑しそうにそう笑われてしまう。


「高校生にもなると、そう素直に言えないんだよ」

「どうして?私は、こうして一緒に居られて嬉しいけど」

「ああ、もう。お前は。恥ずかしいの禁止!」

「カズちゃんが最初に言ったのに……」

「それでもだよ。もう、電気付けるぞ」

 

 リモコンを操作して、「点灯」を押す。

 すると、部屋が急にパッっと明るくなる。

 向かいに居るのは、髪を長く伸ばした美少女。

 ただ、優しげな瞳で俺を見つめている。


「ふふ。まだ、カズちゃん、少し顔が赤いよ」

「照れもしない綾音がおかしいんだよ」


 昔から綾音はそうだった。

 好意も厚意もためらわずに表に出せる。

 そんなだから、やたら男子どもを惹き付けるんだけど。


「私は自分に正直に生きてるだけだよ?」


 相変わらず、何が嬉しいのやらニマニマしている綾音。


「それが出来るのがレアなんだよ」

「そうかなあ?」


 ピンと来ない様子で首をかしげる彼女だけど。


「そういう所がやたらモテる原因なんだけどな」


 綾音の性格を一言で言えば、根明だ。

 その上に、褒め上手で、男子でも女子でもいいところを見つければ褒める。


「んー。男の子から好きになってもらえるのは嬉しいんだけど……」


 そう言いつつ、綾音は、少し複雑そうな、困ったような顔になる。


「だけど?ま、綾音にしてみれば、困るんだろうけどな」

「うん。困る。だって、私には「お付き合い」ってよくわからないもん」

「そういうところ、妙に子どもっぽいよな」


 それこそ、綾音の立場からすれば、よりどりみどり。

 綾音が好みである性格の奴だって、中には居ただろう。


「子どもっぽいかなあ……。じゃあ、カズちゃんはどうなの?」

「え?」

「そう言うって事は、カズちゃんは、好きな女の子、居るんでしょ?」

「う……」


 しまった。墓穴を掘った。

 そりゃ、好きな女の子は目の前に居るさ。でもなあ。


「言わなきゃ駄目か?」

「駄目。カズちゃん、いっつもはぐらかすもん」

「こんな時だけ頑固だよな」


 のほほんと、スルーしてくれたらいいのに。


「わかった、話すけどな。笑うなよ」

「笑わないよ」


 あくまで真剣な綾音。

 こいつの事だから、まあ、本気で知りたいんだろう。


「じゃあ、ちょっと、昔話をするけどな」

「うん?いいけど」

「その女の子はな。俺が小三の頃、転校してきたんだ」


 言いつつ、朧気な記憶を思い返す。

 「二岡綾音です。よろしくお願いします」

 そう、マイペースで自己紹介した様子を。


「え、ええと。カズちゃん。それって……」


 言おうとすることに気づいたのだろうか。

 少し、頬が赤みがかっている。


「お前が言わせたんだからな。最後まで言うぞ?」

「う、うん」


 なんだか、妙に落ち着かない表情できょろきょろとしている。

 こいつにしては珍しい程のうろたえようだ。

 でも、俺もいつかは言う気だったんだ。構うもんか。


「それでな。俺の家、友達を集めて毎年誕生日パーティーやってたんだよな」


 今、俺が居る八畳はあろうかという自室。

 二階建ての一軒家に、広いリビング。

 子ども心に、自分の家が裕福なことはなんとなくわかっていた。

 で、そういう家にはガキどもが寄り付くもので。

 毎年、俺の家で友達を集めての誕生日パーティをよくやっていたものだ。

 今思うと、雰囲気に押されて嫌々参加してた奴もいるんじゃないだろうか。


「私が転校してくる前も、だったんだね」

「お前が転校して来てからは、俺たち二人の誕生日パーティーになったけど」


 転校して来てしばらくしてわかったのは、綾音の誕生日は俺と同じらしいこと。

 で、何故かノリで、以降の年は、俺と綾音の二人を一緒に祝う羽目になった。

 子ども心に、悔しいような、兄妹が出来たような複雑な気持ちだった。


「ね。あの頃は、カズちゃんの家で皆でお祝いして楽しかったよねー」

「俺的には少し複雑だったんだけどな」

「なんで?」

「だって、元々、俺だけが祝ってもらえる日だったわけだし」

「そっか。なんだか、むっつりしてた時があったけど」

「そういうこと。でも、妹が出来たみたいで嬉しかったけどな」


 今でも感じるけど、綾音は年齢に比してどこか純朴なところがある。

 そんな所を、どこか妹のように思っていた記憶がある。


「私は、カズちゃんの事、弟みたいだって思ってたよ?」

「おっちょこちょいの癖によく言うよ」

「んー。そこ、気にしてるのに」


 不満を顕にして、俺を睨みつけてくる。


「ま、そこは置いといてだ。小六の時だったか。ふと、思っちゃったんだよな」

「どういう風に?」

「いや、綾音って可愛いなって」


 凄く恥ずかしい事を言っている自覚はある。でも、こんな日だ。

 それくらい、いいさ。


「か、可愛いって……えーと、ど、どういう意味で?」


 さっきよりも頬の赤みが増してきている。

 というか、耳まで段々赤くなっているような。


「そりゃ、女の子として、だよ」


 もう、決定的な言葉を言ってしまった。


「う、うん。そ、そっか。あ、あり、がと」


 なんか、額まで赤くなって来ているぞ。

 しかも、なんだか汗まで出てきているし。


「でさ、中学に入ってからも、お前は全然変わらなかったよな」

「う、うん。でも、男の子たちにからかわれるのは、恥ずかしかったよ」

「だな。だから、こうして二人だけで祝うようにしたわけだし」


 中学にも入って、男女二人が仲良くしていれば、噂になるのも必然。

 だからと言って離れたりしなかったのが綾音の人柄だけど。


「中学にもなると、色々悩み事も増えたけど、お前にだいぶ救われたんだよ」


 俺は、体格で言えば標準的、勉強もそれなりに出来る。

 人間関係で言っても、そこまで下手な立ち回りはしなかったと思う。

 とはいっても、くだらない喧嘩だって山程した。

 そんな時に、いつも相談に乗ってくれたのは、今、向かいにいる綾音だった。


「そっか。私は、カズちゃんがしんどそうな顔してるのが嫌だっただけなんだけど」

「たったそれだけで、色々な奴を助けられるのは、ほんと、お前のいい所だよ」


 掛け値なしで、目の前の、二岡綾音はいい女だと思う。


「それと。スタイルの話すると、顔とか身体目当てみたいで嫌なんだけど、可愛いし、色々、魅力的だと思う」

「そ、そ、そっか。私も、その、努力、はしてた、んだけど。見てくれた、んだ」


 ちょっと待て。なんか、綾音の様子がおかしくなってきたぞ?

 汗だらだらだし、もう、顔全体が赤みがかって来たし。


「なあ、お前、大丈夫か?様子が変だぞ?」

「だ、だいじょうぶ、だと、思う。すごい、恥ずかしい、だけ、だから。続けて」

「お、おう」


 綾音がこんな調子になったことなど、今まであっただろうか。心配になってくる。


「言いたいことはそれくらい。お前の事がずっと好きだった。綾音」

「す、好き……。カズちゃんが……私を」

「ああ。出来れば、付き合って欲しい」


 俺も身体が熱くなってくるのを感じる。でも、構うものか。

 じっと目を見据えて、真っ直ぐに告白の言葉を告げる。


「……」

「あ、ああ。悪い。恋愛のこととか考えられないって言ってたよな」

「……」

「おーい、綾音?」

「ご、ごめん。ちょっと身体がふらふらとして……」


 そうして、赤い顔に汗だらだらという異常な状態のまま。

 綾音は床に倒れ伏したのだった。

 おいおい、いくらなんでも予想外過ぎるぞ。


◇◇◇◇


 あれ?私は、どうしてたんだろう?

 見上げれば、カズちゃんの心配そうな顔。


「綾音。大丈夫か?」

「ごめん。心配かけちゃったよね」


 カズちゃんの告白を聞いている内に、鼓動がどんどん激しくなって。

 汗も出てくるし、顔も熱いしで、そのまま気を失ったのだった。


「なあ、ひょっとして、何かの病気か?」


 あ、そっか。そう思っちゃうよね。


「違うの。昔から、たまに、凄くドキドキすると、こうなることがあったの」

「お前とは、付き合い長いけど、初耳だな」

「それは言えないよ。色々な意味で」


 だって、それは友達が、彼氏と色々しただの話している時だったり。

 あるいは、興味本位でエッチな動画というのを見ている時だったり。

 いくらカズちゃんとは言え、見せられなかった一面だ。


「まあ、病気じゃないなら良かったよ。ほんと、心配したんだぞ?」

「あ、そういえば、お布団……」


 気がついてみれば、私はお布団に寝かされていたらしい。


「ほんと、ありがとね。カズちゃん」


 色々な意味を込めて、その言葉を送る。


「倒れたことか?別にこれくらい、気にしなくても」

「ううん。出会ってから、今まで、色々と」


 二人で過ごした大切な思い出が色々蘇ってくる。


「また、お前は照れもせずに、そういうことを」


 呆れた顔のカズちゃん。でも、こういう顔も好きだな。


「そう、だね。でも、これから言う、ことは、すっごく、照れること、だからね」


 そう。告白されている最中に、気づいてしまったのだ。

 ずっと隣に居てくれたカズちゃんのことが私はとっても好きで。

 一緒に居るだけで、満足だけど、もっと先に進んでみたいって。


「お前が照れること、って。何だよ」

「大好き。カズちゃん」


 長々と言う心の余裕もなくて、それだけを一息に言う。


「……えーと、それは、友達としての好き、じゃなくて」

「そうじゃないよ。男の子として、好き」


 今だって、とっても意識してしまっている。


「さっきまで、お付き合いとかよくわからないとか言ってた癖に」

「私だって、さっき、気づいたんだもん。あんな情熱的な告白してくるし」


 それは、普段、照れ屋なカズちゃんに似つかわしくない程の。

 自分の気持ちに鈍感な私だって、嫌でも意識してしまう。


「そっか。いい機会だから、言っておこうと思っただけなんだけど」

「他の女の子にそんな事言わないでね?」


 だって、さっきの告白は、凄く動揺したけど、とても嬉しかったから。


「言わないって。お前だけだって」


 少し照れてそっぽを向くカズちゃんがとても可愛い。


「でも、恋人って何をすればいいのかな」


 不安じゃないけど、でも、本当にわからない。

 もちろん、お話の中では色々読んだこともある。

 それに、友達の話を聞いたことも、街中のカップルを見たことも。

 でも、いざ、私がそうなってみると、まるでわからない。


「そうだな。俺も考えてなかった」

「呆れた。人のこと、さんざん言っておいて」


 カズちゃんも、結局、恋が実った後の事は考えてなかったんだ。


「仕方ないだろ。お前、妙にピュアだし」

「む。それ言うなら、カズちゃんだって、同じくらいピュアだよ」


 確かに、私は、友達に、ピュアだねー、なんてよく言われる。

 でも、それなら、目の前の彼だって同じだと、そう思う。


「かもな。ま、ゆっくり考えていこうか。時間は十分あるんだし」

「そうだね。これからも、よろしくね、カズちゃん」


 言っていて、恥ずかしくて、でも、とても嬉しい気持ちになる。


「ああ。よろしくな。綾音」


 そんな優しい声を聞きながら、ふと、私が置かれている立ち位置を思い出す。

 今はカズちゃんの部屋で二人きり。それに、私がお布団に寝かされてて。

 それを意識すると、また、急激に顔が、身体が熱くなってくるのを感じる。


「ちょ、ちょっと。大丈夫か?綾音」

「ひょっとしたら、駄目かも。なんだか、ぐるぐるして……」


 私達が恋人としてやっていくための最大の障害はこれかもしれない。

 そんな事を考えながら、意識が遠くなっていくのを感じたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


というわけで、誕生日が同じな二人の、ちょっと特別な一日でした。

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