わたし時間

かどの かゆた

わたし時間

 なーんかさ。

 つまんないよね、最近。

 学校にも行けないし、買い物だって、さっさとしなくちゃ行けない。

 友達と会うなんてとんでもない、って、これママの言葉ね。

 感染症が広がる前にこんなこと言われたら、それこそとんでもないことだったのに。今じゃ不健康に引きこもってるのが健康的なんだもん。


 それで私は今日も、暇だなぁ、って思いながらスマホをいじってる。

 オンラインショップでも服は見れるけど、実際に着ないとさ。肌触りとか、サイズが合うかとか、分かんないじゃん。


「うーん」


 低い声で唸って、私はベッドにスマホを投げ捨てた。

 窓の外を見ると、もう夕方。


 オンライン授業やって、家でじっとして。

 前までは放課後って、テニス部行ったり、友達と遊んだり、色々楽しかったのになぁ。あの時は窮屈なマスクも無かったし、手がふやけるほど消毒液を塗り込む必要も無かった。


 おうち時間、とか言うけどさ。

 私は性に合わないんだよ、そーゆーの。

 一人で家に居たって、何もやること無いし。だからって、友達とずっと通話するのは、ちょっと迷惑だろうし。


「はぁ……」

 

 私は勉強机にノートを開いて、白紙をじっと見つめた。何か思いつきそうな気がしたけど、何も思いつかなかった。ただただ、ブルーな気分が身体を覆ってる感じ。頭にがかかって、何だか理由もなく泣きたいような気分だった。つまり、私は泣きたくなるような、心が大きく動くような、そんな刺激を求めてた。


 それから私はベッドの上で仰向けになったスマホを拾って、メッセージアプリを開く。直近で話した友達の名前を幾つも飛ばすと『りく』というアカウントとのトーク画面が表示された。

 最後にトークした日時を見て、私は「こんなに前なんだ」と呟いた。

 仲良くなれたと、思ってたんだけど。

 でも、直接会うこともないのに、わざわざ連絡するほどじゃ、なかったか。

 もしかしたら、世界がこんなことになっていなかったら。私達、今頃付き合ってたんじゃないかな。それって、単なる私の願望かな。


「……陸くん」


 私は、好きな人の言葉を、まるでおまじないのように大切に呼んだ。

 響きはメッセージになるどころか、私以外誰にも届くことが無かった。


 喉が乾いたので、リビングへと向かう。

 冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出して、透明なコップに注いだ。零れそうなほど、なみなみに、注ぐ。


 リビングではソファに座って、お父さんとお母さんがテレビを見ていた。お父さんもお母さんもテレワークで夕方には仕事が終わっていることが増えたのだ。

 テレビには、恐ろしい未来予想と悲観的なコメンテーターのコメントが、流行りの曲より頻繁に流れてた。もしかして私、卒業まで学校に行けなかったりするんでしょうか。教えて下さい、偉い人。


「誰かに、会いたいなぁ……」


 私は手に余るほどの一人時間を手にして、その質量に押しつぶされそうになっていた。きっと、皆そうなんじゃないかな。それとも、実は、皆は一人でも……私無しでも、楽しくやってるんだろうか。


『コロナはいつ収束するんでしょう』


 アナウンサーに質問されて、偉い人は答えに窮している。

 そりゃそうだ。分かんないんだよ、誰にも。だからほんとに、もう会えないかもしれないんだよ。こんなにも簡単に繋がれる世界で、私達は、かなり深刻に離れ離れになってるのかもしれなかった。


 でも、そんなのって、嫌じゃん。


 私はコップいっぱいの緑茶を、一気に飲み干した。

 そして、意味もなくガッツポーズしてみる。お母さんが妙な目でこっちを見てきた。今、貴方の娘は気合を入れています。文句ある!?


 部屋着のポケットからスマホを取り出して、再び『りく』とのトーク画面を開く。


『ね、今、何してる?』


 ……送信!!!!


 たったこれだけの文章を送るのに、私の心臓はひどく騒いでいた。頭の中が、陸くんのことでいっぱいになる。

 返事はすぐ来るだろうか。どんな返事が来るかな。迷惑に思われてないかな。それとも、連絡が来たのを喜んでくれたりするのかな。


 自分の部屋に戻って、ベッドの上に座る。

 どうにも落ち着かなくて、立ってみたり、教科書を開いてみたり、窓を開けて外を眺めてみたりする。

 そして、気付いた。

 私は今、陸くんのために時間を使っている。それは、決して一人の時間じゃなかった。陸くんのことを考えて、陸くんへ捧げるための時間だった。


 こんなにも簡単に、人は一人じゃなくなるんだ。


 もし、陸くんが今、私のために返信を書いているなら。私のことを考えて、私に向けた言葉を選ぶその時間は、おうち時間じゃなくて「わたし時間」だ。


 そうだったら良いな、と思う。

 陸くんだけじゃなく、「わたし時間」を過ごす人が沢山居たら、どんなに良いだろう。もしそうなら、私だってお返しに、たくさん、一人じゃない一人の時間を過ごすのだ。


「……あ」


 机の上で、スマホが震える音がする。

 やってきた通知は、きっと。


 わたし時間を過ごした、大好きな人からの言葉だろう。

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わたし時間 かどの かゆた @kudamonogayu01

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