完璧超人妹
僕の家族は悪目立ちしがちだとはいえ、別に超有名人というわけではない。
「その界隈でそこそこ有名」程度だ。
平穏な日常が脅かされているとしても、それは家族のせいじゃない。
僕自身がそう感じているだけだ。
「気にしなければいい」
何度も人からそう言われたし、自分でもそう思う。
けれど、一芸どころか二芸、三芸に秀で、何がしかの功績を残している家族とひとつ屋根の下で暮らしていれば、多少なりともその影響は受けてしまう。
小学生の頃は児童劇団に所属していたけれど、結局はただ月謝を払ってレッスンを受けるだけの「研究生」の域を出ることはなかった。
中学になって、小学生の頃から少しやっていたバスケに挑戦するも、クラブチームで本格的にやってきた奴にはかなわない。
加えて、受験の失敗。
そこまで無謀な挑戦をしているつもりはなかったし、学校の先生も太鼓判を押してくれていたので、第一志望に落ちたショックは大きかった。
僕は今、古本のチェーン店で立ち読みしている。
学校にいながらにしても家族の洗礼を受け、精神が削られた日は決まってここに来る。
無意識に足が向かうのは、Web小説の書籍化本が置かれている棚で、その多くが異世界へ転生、転移する物語だ。
主人公に感情移入するでもなく、物語の展開に心踊らせるでもなく、文字を置いながら考えていることは一つ。
「もし家族がいない世界に行けたのなら、その世界の人は僕を見てくれるだろうか」
誰もが、そういった「若さゆえの理想と現実のギャップ」とは折り合いをつけていくものだと思う。僕だってある程度はできているつもりでいた。
「自分には才能がない」
例え現実から目を背けているだけだとしても、その言葉でモヤモヤした気持ちの何もかもが片付けられたらどれだけ楽だったか。
残念ながら、浦梨家においては、その言葉を使うことは許されない。
その言葉を全否定する存在がいるからだ。
そして、立ち読みを終えて帰途についたとき、通りがかった駅の改札でその存在と出くわしてしまった。
浦梨
妹だ。
僕は通学に電車は使わないんだけど、駅の改札前を横切る。
そのとき、運悪く改札から妹が出てきた。
僕を見つけると顔つきが一瞬で険しくなった。
「異世界転生モノは楽しかった? 烈人」
呼び捨てである。
別に「お兄ちゃん」と読んで欲しいとも思わんが。
「アイドル義務教育!」という謎のコンセプトを掲げたアイドルユニット。
「オブリゲーション☆ガールズ!」(通称、おぶりが!)の結成メンバーとして、小学5年生から在籍。
少し色黒で高身長な大人びた見た目を生かし、ギャルっぽいファッションでキャラを確立。
在籍時に発売した曲のミュージックビデオでは、何度かセンターも経験した。
グループのコンセプト通り、義務教育を終えるとユニットからは「卒業」になるのだが、ほとんどのメンバーがその後もタレントやモデルとして芸能活動を続けるのに対し、美桜はそのまま芸能活動から引退してしまった。
「なんで知ってんだよ……別にいいだろ、好きで読んでるんだから」
「現状に不満を抱きながら変えようともしない烈人みたいな人間にはおあつらえ向きね」
「そうだな。転生も転移も、異世界モノは楽しいぞ」
「皮肉で言ってんの。そんなこともわからないから受験に失敗すんのよ……」
「わかってるよ。別に、事実だから気にならないだけだよ」
「烈人が入りたかった高校は全然大したことなかったわ。この前のテストも学年で一番だったし」
美桜は僕が落ちた有名私大の付属校に、この春入学したのだった。
僕がフルコミットでも合格できなかったのに、芸能活動をやりながらの受験勉強で、塾にも行かずに合格してしまった。
このように美桜は、事あるごとに僕に対してマウントをとってくる。
「そうかい。なら、このまま行けば内部進学できそうじゃないか」
「はあ? 何言ってんの? あーそうか、烈人は内部進学狙いでウチの高校に入りたかったのかもしんないけど? あたしは別に一般入試でどこでも行けるし? わざわざお高い私立になんか行かないっての。お前と一緒にすんなし」
「そうか、もう入る大学の学費のことも考えてるのか。偉いなあ」
「はぁ……?」
どうやら言葉を間違えたらしい。
美桜の目がすぅっと細くなった。
「お前がなんも考えてなさすぎんだろ、クソが」
その後も、何か色々と暴言を言われた気がしたけど、僕は特に気にならなかった。別に妹だからとバカにしているわけではない。
ただ、美桜の努力量を知っていたから。
母さんと大ゲンカしながら、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、踊りの稽古をしたり、芸能活動で疲れているだろうに、夜遅くまで毎日欠かさず勉強しているのを知っているから。
こんな凄い奴が身近にいたせいで、僕は才能云々で現実逃避する術を失った。
僕よりはるかにハードな状況で結果を残している美桜に対して、「自分も精一杯やった」なんて言えるわけもない。
実は妹が異世界から転生してきたオッサンで、何かチートな能力を持って今の地位を手に入れたのなら僕だって一言二言、言い返すこともできただろうが、必死に頑張っている姿を見てきたので、何も言うことはない。
何を言われても腹が立たない。
そうしているとき、周囲人々の視線に気がついた。
言い合いをしている美桜と僕を見ている――のではない。
美桜を見ているのだ。
「あれって芸能界引退したMIOじゃね?」って言っているのだ。
美桜の辛辣な言葉は全く気にならない。
けれど、自分が間違いなくここにいるのに、誰からも気に留められないのは、しんどい。
別に「自分なんて必要とされていないんだ! 死んでやる!」なんて思ったことはないけれど、こんなとき、自分の存在を疑いたくなる。
僕は本当に、そこにいるのだろうか?
よく目立つ家族、その輪郭が、たまたま浦梨烈人という人物の形をしているだけなんじゃないか。
そんなことを考えていたら、既に美桜はいなかった。
もう誰も、僕の方を見てはいなかった。
家庭内跳躍 あてらざわそねみ @sonemix
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