ワイ、こむらがえる

幸 石木

第1話

 某日、


「あっ――――!」


 ワイ、こむらがえる。


 という訳で早速ググる、対処法とかそのあたり。あの地獄のような苦しみを繰り返さないためだ、なんて大げさに言ってみる。コロナ禍でお家引きこもり気味だし運動不足だろうな、なんて予想は立てていた。そもそも家と駅までの往復くらいしか動いてなかったのだ。きっと血行とかが程よく滞っているせいに違いない。

 と思いきや、


「激しい運動のあとや長時間の立ち仕事のあとになりやすい……?」


 おかしい。こんなはずでは。

 しかしよくよく調べてみると、やはり血行が悪くてもなるらしい。若いときより運動量が減り筋肉が減り血行が悪くなるとのこと。……中年以降は。

 おかしい。そこまで老け込んでいない。

 とにかく運動不足でもこむらがえると分かった。これが大事。


 という訳で筋肉を付けることにした。


「完成」


 翌日には懸垂器を組み立てた。アマゾンはコロナ禍でも早い。

 ワイも早速筋トレに挑む。


「んっ――!」


 ところで磔刑とは打ち込まれた杭の痛みももちろんだが、それ以上にその杭によって地面に落ちる体が固定されていることの方が苦痛らしい。杭によって開いた穴が自重によって自然に引き伸ばされていくのだ。逆らおうと力を込めればそれも逆に穴を広げる。おお、なんとも恐ろしい処刑方法である。

 という訳で懸垂器は新しいハンガーラックとなった。主にタオルを干している。

 一度でも体が持ち上がればワイは頑張れたと思う。


 という訳でもう一つの方法を試すことにした。なんと、ミネラル不足でもこむらがえるらしいのだ。ワイのはそれに違いない。

 ふと見上げると懸垂器が圧を放っている。ワイ布団派、その枕の上に組み立てていた。こうするとハンガーラックとしてはかなり便利で、干していた靴下を引っつかんで早速スーパーへ向かった。

 そう、ナッツを手に入れるためだ。


 ご存じの方が多いだろう、ナッツはミネラル豊富ビタミン豊富のスーパーダイエットフード(?)。これ一つで体のほとんどの栄養素が摂取できる……!


 という訳でCGCの素焼きナッツを購入。毎日食べる。食事の後に。


「ぽりぽり」


 独り身だと咀嚼音が木霊する。それが逆にやる気となった。やってる感があるからだ。

 そうして天高く馬肥ゆる秋を過ぎて一月の半ば。

 どうやら、ワイは馬だった。体重が一割増えていた。帰厩した無敗の三冠馬コントレイルくらい太っていた。

 スーパーフードナッツの落とし穴、ザ・高カロリー、にワイはすっかり落ちていた。何もかもナッツが美味しいのが悪い。

 しかしどうしたものか。突き出たお腹をさすりながら思考する。懸垂器は洗濯物で柳みたいになっているし、ナッツはやめられない。


「ぽりぽり」


 ……思うに、ワイはコロナ禍でなくともこうなのだ。社会のせいで、周りの状況のせいでこうなったと言いたいが、この怠惰な性格はもっとそれ以前からのものなのだ。

 きっとコロナがない世界線でもこうなっていたに違いない。これが永劫回帰か、なんて考える。全然違うけど。神は死んだ。違うけど。


「あっ―――――!」


 ワイ、こむらがえる。そしてまた日常が続くのだ。

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ワイ、こむらがえる 幸 石木 @miyuki-sekiboku

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