4、前を向いて Ⅳ

 冬の便りが届き始めた。冷たい風がやってきたこの頃。ひんやりとした空気感が、冬からの便りを配っていた。これから、寒くて、暗い季節が到来する。この冷たい空気が風が面白くて心地よい。

 

 善美ぜんび高校文芸部の部誌、『葱頼ねぎらい』に載せる作品が全員完成し、その作品たちを皆が読み合っている。

 まろかは、町音まちねと読み合いをしていた。

「町ちゃんの、なんだか新しいのぉ。そして、やっぱり癒しじゃ」

「ありがとう。まろちゃんのも夏とは違う世界で、でも、まろちゃんらしい世界になっとる。ぶちええのぅ」

「ありがとう。あ、先生のも読んでみたい」

 と、まろかは立ち上がり、先生のところに行く。先生は四葉しようと読み合っているところだった。

「こういうの珍しいわね。男の子たちの友情系。チャレンジしたのね」

「はい。でも、もともと好きだったんですけどね。男の子たちの人間関係とか。表には出せなかったけど」

「藤子ちゃんも好きだったわ。彼女の作品にはそれが表されていた」

「はい。だから、私、藤子さんのすごく大好きでした」

「それから、まろかちゃんね」

 先生はちょうどやってきたまろかを手のひらで指して言った。

「はい?」

「まろかちゃんの夏の作品には、まろかちゃんの好きなものが存分に書かれていたわ。だから、彼女の色が出ていた。四葉ちゃんのこの作品にも、あなたらしい色があったわ」

「そうですか」

「ええ。好きなもの、えがいてみたいものに、躊躇ちゅうちょなんていらないのよ」

「あー、そうですね」

 そこへ、まろかが入ってきた。

「先生。次、私も読みたいです」

「うん。いいわよ」

「まろちゃん、もうすぐ読み終わるから待ってて」

「はーい」

 一方で、漱哉と康次やすじが読み合っているところに町音がきた。

「漱哉さん、やっぱりすごいですか」

「勿論だよ。毎回、前のやつを上回るんだから、怪物かいぶつみたいだよ」

「おおっ、怪物呼び。まろちゃんが興奮しそう」

「まろかちゃんて本当に野球に目がないよね」

「野球と空に目がないんじゃないですかね。でもそれが彼女を魅力的にするんですよ」

 町音がそういうと、康次は、ほほえみを投げた。

「今回も大ヒット間違いないですね」

「だねっ」

 それまで読んでいた、康次の原稿の紙から顔をあげて、漱哉は感想を伝えた。その顔は、だいぶ晴れやかになっていた。


 外はすでに、日が落ちようとしていた。青紫とあか色のコントラストがはっきりしていて、ちらほら星が散りばめられていた。

「夜空も綺麗じゃの」

「じゃの。もう冬じゃ」

「冬のような寒さじゃ」

「部誌もまた大ヒットするって」

「そりゃあ、漱哉さんがおるんじゃもの」

「康次さんは怪物って言っとったけぇ」

「へー、確かにそうじゃの」

「あれっ、意外と反応薄いね。ほら、野球でよく、なんちゃらの怪物って言っとるじゃん」

「そうだね。でも、そこにはあまり興味ないな」

「そうなの!?」

 空を見上げること。つらいときこそ、ぜひやってみたい。空って、実は面白い。日によって模様が違うし、青の濃淡のうたん。雲の量も全然違うときがある。雨降る量も、小雨だったり、土砂降りだったり。冬では、雪がちらついたり、吹雪いたり。夏場では、ド派手なパフォーマンスが始まって、スリリングだけどワクワクする。青や灰色だけでなく、あかや紫に染まったりもする。季節や時間帯によって、色や模様が異なる空。その青の向こうの向こうの向こうは、果てしない。ワケわからないほどに壮大すぎて、だからちっぽけな悩みなんてどうでもよく思えてしまう。でも、それで解消出来そうにないものは、無理に消そうとしなくても良い。消すことのできないものは、別のことに使えばいい。勿論、自分のために。消せないものから出てくるものを、自分を強くするための燃料にしていく。そして、燃やして、発車する。

 見上げること、燃料にすること、どっちかに専念するのも良いと思うし、両方するのも良いと思う。


 善美高校文芸部。『葱頼』は、部誌が完成してすぐに、注目を浴びた。それも、学校内だけ出なく、周辺地域からも。地域の新聞や雑誌にも載って、公開される前から、期待と切望の声が多く届いた。これは全員が想定していなかった。

 これはまた、これ以上の反響になると皆は笑った。

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見上げる文芸部さん 桜野 叶う @kanacarp

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