4、前を向いて Ⅱ

  藤子とうこが部を引退し、新しい体制となった、善美ぜんび高校文芸部。その新しい部長に選ばれたのは四葉しよう。毎日の常時活動のテーマは、彼女が考える。そのテーマをもとに短い小説を執筆していく。

 活動が始まり、フリーになったとき、まろかは、漱哉そうやの隣に座った。そのまろかの隣には、町音が座った。

「あ、あのー、漱哉さん」

「ん、何か?」

「前の休日に、中学の先輩に会って、相談にのってもらったんです。それで、『ネガティビティ・バイアス』てのが一番、漱哉さんにええかもって言っとりました」

「なんだそれ」

「負の感情です。それを原動力にして、力を伸ばすんです」

「へーっ、それなんだか漱哉に似合う気がする」

 漱哉ポカンとしていて、あまりピンときていない様子だ。

「それ、どうしてわかる」

「その先輩は、過去の漱哉さんの作品を読んだんですよ。文芸部の先輩なんです。同じ人の作品を複数読むと、その作者の思考とか感じとかがわかってくるとか。特に私はいつもださっとったけぇで、より深く掴んでいるとか」

 それを聞いていた漱哉は、ふーっと息を吐いた。

「俺は特に目に留めている作家とかないからな。色々な作家の作品を読む」

「それはそれでええと思います。小説を読むスタイルなんて人それぞれですし」

 それにしても、と会話に加わった四葉は言った。

「すごいなぁ。ネガティブを原動力に変える」

 ああでも、

「あくまでも、先輩の解釈によるものなので、必ずしも当たっとるわけではないですけど」

 でも、外れていないと思います。

 と付け加える。

「まろちゃんに言った、上を見上げるってのは、効果てきめんじゃったし。で、その、先輩ってすごい人?」

「もちろん。ぶち偉大な方じゃ」

「……ネガティビティ・バイアス」

 漱哉は、鸚鵡おうむ返しのようにぽつりと言った。

「私、ずっと漱哉さんに前を向いてもらいたい一心で、──負の感情をわすれるために──ちょっと押しつけすぎたかの。逆に向き合うことの方が向いていたみたいで。……ごめんなさい」

「謝る必要なんてないよ。まろかちゃんの考えもとても素敵だし、漱哉を思ってのことだから、悪く思わないで」

「そうじゃけぇ。まろちゃんはぶちええ子じゃ」

 と町音は両手を広げて、まろかを抱きしめた。

「あ、ありがとう」

 二人に慰められて、まろかはほっと落ち着いた。

 

 部活動終了の時刻は、以前よりも早くなった。夏が過ぎて、秋になったからだろう。日の入りの時刻も早まった。

 町音と共に部室を出ようとするまろかに、漱哉が近づいた。

西園にしぞの

「あ、はい」

「……恩に着る。そこまで俺のことを考えてくれたんだな」

 俺もまだ上を目指す。と、去っていった。その背中は、決まりが悪そうだった。

 まろかは、うれしい気持ちが、今になってこみ上げてきた。にっこりと笑顔になった。

「いえ」

 ルンルンの足取りで、まろかは家路をたどった。

 王雅おうがさん、ありがとうございます!

 と、強く感謝を申し上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る