4、前を向いて Ⅰ
背中を見せ、下を見続ける
「苦しいときこそ、つらいときこそ、前を向いて、笑顔でいて欲しい。うちだって、上を向いたら、とても楽しい毎日を過ごせたから」
でもなぁ。彼と自分では、つらいのレベルが全然違う。彼よりもずっと低いレベルにいた自分が、何を言えば。
まろかの目の前には、懐かしの王雅の顔が映し出された。彼と別れてから、もう一年と数ヶ月か過ぎた。元気にしているかなぁ。彼の進学した高校の文芸部で、より一層、力を蓄えているところだろう。
王雅さん。……どうしたらええですか?
『これからもずっと、応援している』『何かあったらいつでも頼れ』
ハッ! 彼に電話してみるか。
かけてみると、思いの外繋がった。
「もしもし、王雅さん」
『お! 西園か! 久しぶりじゃのぉ』
「はい。ご
『随分と変わったな。中学のときよりもだいぶ声の調子が上がっとる』
「おかげさまで、高校でもうまくやれています」
『それはええのぉ。で、何か用件でもあるか』
「はい。ちょっと相談したいことがあって」
『それなら、今度一緒に会って話そう』
「今じゃないんですね」
『あんまり、長話すると、料金が高くつくからのぉ』
え……。
ということで、近くのファミリーレストランにて、一年と数ヶ月ぶりに会うことになった。
王雅さんて、意外とケチなんじゃな。
当日、約束の時間のちょっと前にレストランに到着。王雅との約束を果たした。
「すまんのぉ、西園。うちは携帯の使用に厳しいけぇ」
なるほど、家での事情があったのか。それなら仕方ない。そんな事情を知らず、考えもしないで、ケチだと思った昨晩の自分をぶん殴りたい。
「今日のお代は俺が全て払う。俺が誘った身じゃけぇ」
「ありがとうございます」
そういう、ガッチリと筋が通っているのはかっこよくて、大いに尊敬できるところだ。
まろかは、イチゴとブルーベリーがのったパンケーキを幸せな顔で頬張っていた。ベリーの酸味とパンケーキの甘さがナイスマッチだ。
「で、相談事ってなんじゃ」
「私の高校の部活の先輩のことです。事情があって、なかなか前を向くことが難しくて……。私は、なんとか前を向かせてあげたいなって思うんじゃけぇ。なんだかお節介みたい」
「それって、
「え、そうですけど。知っとるんですか?
「善美の部誌を読んだんじゃ。彼の執筆の腕は、プロの作家を抜くだろう。彼を目当てに過去の部誌も二冊読んだ。そんで、西園が言うのは彼が一番
「どうしたらいいと思いますかね」
「んー、彼には前を向いてもらうというより、彼の持つ負の感情を生かして、伸ばしていくのがええと俺は思うな」
「……どういうことですか?」
「『ネガティビティ・バイアス』て知っとるか?」
「ねがてぃびてぃ・ばいあす? わかんないです」
「『ネガティビティ』は、物事を否定的に見る、消極的な心境のこと。『バイアス』は偏見。簡単に言うと、マイナス思考じゃ。人というのはプラスの感情より、マイナスの感情の方が記憶に残りやすい。身に起こる危険を回避するためじゃけぇ。それを自分を成長させる原動力へと変化させるんじゃ」
つまり、「怒り」「哀しみ」「苦しみ」「憎しみ」などのネガティブな感情を、自分を成長させる源に変化させて使う。
ネガティブ思考であると、現状の欠点を見つけることができて、さらに良いものへと改良することができる。こうして、力をつけいくことができる。
「でも、私に言ったのとは全然違いますね」
「西園には、そのやり方が一番合っとると思ったんじゃ。そして、見事に的中した。君の作品には、真の君らしさがあった。とても成長を感じた」
「あ、ありがとうございます」
王雅はハハハと笑った。
「対して、志水には『ネガティビティ・バイアス』のやり方が合っとると思う。彼の作品を通して、彼にはその素質があると見た。それを更に促すには、彼の持つ負の感情と真っ直ぐ向き合うことが有効じゃろう。負の感情は封じ込みやすいけぇ、もし、志水がその感情を封じ込んでおるようじゃったら、西園が促し、気づかせるのじゃ」
「わかりました! ありがとうございます!」
まろかは大きく頭を下げると、パンケーキにフォークをぶっ刺し、口に入れて
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