3、表の裏側 Ⅱ

 まろかと漱哉そうやは、お互いの新しく書いた作品を読み合っていた。

「わぁ〜。やっぱ、漱哉さんの腕は、神っとりますのー」

 まろかは、漱哉に圧倒されてか、または、キンキンに冷えた部室内が心地よいのか、机にだらーっと倒れる。

「西園の作品も、よくできている」

「いや、まだまだ漱哉さんにはぶち遠いですよ」

 そのとき、長い時間忘れていたことが、神が降臨したみたいに、降りてきた。漱哉と共に図書館に行きたい。図書館というより、彼とどこかへ行きたいと思った。より彼と親近になりたいためだ。彼とどこかへ行くとしたら、図書館が最適だろう。と考えが浮かんで、この部活の時間に誘おうと、忘れないようにずっと唱え続けていたのに、だいぶ忘れてしまっていた。

「あの、このあと一緒に図書館行きません?」

「構わないぞ」

 思いの外、すぐに返事をもらえた。


 こうして、まろかと漱哉は、ふたりで一緒に市内の図書館を訪れた。

「うわー、本棚がズラーっと並んどる!」

「そりゃあ、図書館だし」

「でも、こんなにたくさんおると感動する」

 ふたりは、びっしりと本が敷き詰められている本棚を見て回った。甚だしいほど、本がビッシリと本棚に収納されている様に、まろかはテンションが上がった。

「そうだ、先生の作品、置いていないかのー」

「先生の?」

「先生は昔、プロの小説家で、数々に作品を世に送ったんです」

 漱哉は、始めて知った先生の真実に、衝撃を受けた。

「じゃから、ないかのって。『菊田きくた植子うえこ』さんて名前です」

「聞いたことがある。芥川賞の候補に載っていた」

「あー、そうです! 凄いですよね。読んだことあります」

「いや、ないが」

「もしあったら読みましょう」

「そうだな」

 文芸の札がある付近の棚で、「き」から始まる作者が並ぶ辺りを探していると、一人の名前が大半を占めている横に、『菊田植子』の名前が二冊置いてあった。それぞれ別の作品だった。一つは『葱坊主ねぎぼうずばたけ』もう一つは、『雷神らいじんトールのはな』という作品。

「あ、あった。ふたつも置いておる」

「確かこれだ。候補になったやつ」

「そう、それです。これ私持っとります。でも、こっちは読んだことないです」

 二人は、菊田植子のふたつの作品を手に取った。

「これが、先生の」

「後で読んでみましょう。ここ、部誌が置いておるんですよね」

「そうだが」

「せっかくだし、見に行きましょ。どこにおるんですか」

「こっちだ」

 漱哉についていくと、近辺の高校の文芸部の部誌が並ぶスペースにきた。その中でも、一際目を引くのは、善美高校のもの。ムーディーなおもむきのある藤色を使ったのは、他にない。

「うちらのやつが一番、えとりますね。流石さすがは先生」

「そうだな」

 しかし、歴代のものは置かれているか、今年発行したものは置かれていない。

 恐らくは、他の人が持っていったのだろう、と漱哉はいう。

「しょうがない、小説読みましょ」

 ふたりは、机椅子が設置されているスペースに行き、椅子に座った。すると、その隣の机椅子に座るふたりの女の子たちが、善美高校の部誌を読んでいた。彼女たちのささやかな声が、こちらまで聞こえてきた。

「この子の詩、めちゃ好き」

「わかる。ほっこりして、癒しじゃ」

 それは、町音の作品だ。唯一、詩集を執筆した。その世界は、明るくてほのぼのとしたもので、それを読む読者まで、ほのぼのが伝わってくる。まるでタンポポのわたのようだった。彼女の作品に目を通したとき、そこには一輪のタンポポのわたが咲いており、そこに風が吹く。するとまんまるのわたの一部が吹き飛んで、読者の心の中にやってくる。作品の世界のポカポカを読者におすそ分けするのだ。お裾分けされた皆からは、絶賛されていた。

 女の子たちの声を聞いたまろかは、うれしくなった。

「町ちゃんだ」

 とぽつり。

「この子ともう一人の一年生のも好きだな」

「あー、あのカープのやつ?」

「そうそう」

 この会話も、勿論、聞いていたまろかは、どきりとした。それ私だ!

 漱哉も穏やかな表情でまろかを見た。

「こ、これ読も」

 と、菊田植子(馬場ばば先生)の作品を表紙をめくった。しかし、彼女たちのささやかな声は、聞こえてくる。まろかの作品を褒め称える声が。

 まろかは、うれし恥ずかしのあまり、本を持ちながら固まった。ガタガタと微動していて、噴火でも起こりそうだ。

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