3、表の裏側 Ⅰ

 

 ギラギラとした熱血の陽の下で、じわりじわりと火にかけられているような、灼熱しゃくねつの暑さ。さわがしい虫の声が耳にさわる今日この頃。善美ぜんび高校文芸部『葱頼ねぎらい』は、当人たちの想像を大きく超えて、周辺地域だけでなく、市や県全体から注目を浴びた。そこから、口コミで広がり、東京のテレビにも、話題沸騰ふっとう中と目を向けられた。そして日本全国にまろかたちの名がとどろいただろう。実際、『葱頼』の皆のところに、数多あまたの手紙が届いた。この飛躍的な発展の様に、学校の関係者からも、多くの驚きと祝福が寄せられたという。コンクールでも最優秀賞に選ばれ、メディアで大きく取り上げられた。

 何がこんなに注目されているかって、それはひとりの作品の出来がプロ並みに高い。まだ筆を執って間もない一年生ですら、上の学年にも負けない。一人の女性のき活きとした日常を、激しく変動する感情を、やさしく描き、豊かな比喩で空の青さを連想させる、まろかの作品。町音まちねは詩人だ。彼女の持つ世界。黄色く温かい陽気な花のように、ほのぼのとした世界は、読み手の心をほのぼのとさせて、きつくからんだ糸をゆるくほぐした。全体的にレベルが高いがその中でも群を抜くほど凄いと、最も皆の目を集めているのが、やはり漱哉そうやだった。他を圧倒する繊細せんさいな表現。豊富ほうふ語彙ごい力。高校生の文章だとは思えない。大人の大人の文章。大物の小説家からも期待されているという。


 これほどまでに、躍進やくしんを果たした善美高校文芸部だが、この日を持って、部長の藤子とうこが引退となる。クーラーの効いた部室で、その引退式が行われていた。藤子が話をしていた。

「今回の部誌は、とても多くの人から注目を浴びるような、今までで一番最高の作品たちが揃っていて、どれも素晴らしいものばかりでした。これからも、今回のを超えるような、もっと素晴らしい作品を目指して、さらに最高な部誌が読めることを、とても楽しみにしています……」

 藤子の目には、涙が溜まった。他の女子部員の涙腺もすでに壊れ始めていた。

「頼りない先輩だったと思うけれど、いつも私を頼ってくれて、あたたかく支えてくれてありがとう。『葱頼』の仲間になることができたこと、とても幸せに感じます」

 ありがとう、と一礼。皆の拍手に包まれた。すでに壊れ始めていた女子部員たちの涙腺は、見事に崩壊していた。

 そんな中、馬場先生は感慨かんがい深そうに、けれども落ち着いていた。必死で溢れだす涙を拭う藤子に一声をかけた。

「藤子ちゃん。これまで本当によく部長として皆を引っ張ってくれたわね。ありがとう」

「……いえ」

 引退式が終わったあとも、皆の涙は止まらない。

「藤子さん、これで終わりなの……」

「そうじゃ……いやだな……」

「わーん、藤子さーん」

「ありがとう、皆」

 声を上げて泣いている女子部員たちに、漱哉と康次はかなり気まずそうでいた。

 

 まろかが善美高校文芸部『葱頼』に入部してから、早くも半年程が経つ。しかし、漱哉はまだ、暗くて下を向いたままだ。まろかはどうにか、彼を笑顔にして、前を向けさせたいと思った。自分だって王雅おうがが一生懸命、目をかけてくれて、素敵な言葉を贈ってくれた。それによって変われたのだ。今度は自分が他の人を変えてみせる。いつも大きな哀しみや苦しみを抱えているであろう漱哉を励ましたい。元気付けたい!

 そのためには、彼とどう向き合おうか。まろかは考えをめぐらせる。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る