2、最初と最後の「葱頼」Ⅱ

 梅雨の季節の中での貴重な晴れの日。連日ずっと雨で、その間、きに暮れていたまろかは、久しぶりの清々しい天気に心がおどった。日を浴びて元気になった植物のように、この日のまろかは生き生きとしていた。そんなまろかは、町音まちねを誘って市内を旅していた。今、執筆中の部誌に出す小説の参考になればと、思いついたのだ。実際、まろかはこの市を舞台に書いているので、実際に歩いて見ればよりつかみやすくなるだろう。憂鬱で大変な日々のリフレッシュもねて、この閑静かんせいな街中を歩いている。

 最初に訪れたのは、海のすぐそばにある公園だ。海が近くにあるためしおの匂いがただよう。海から流れる風が、涼しい。蒸し蒸しと暑い中、ふたりにフレッシュないやしを与えた。

「涼しい」

「涼しいの」

 ふたりはしばらく、ぼーっと海をながめた。波が揺れている。青い。空の青よりずっと青い。いや、もっと上を見上げると、同じくらい青い。海の青は、あの空の青が反射したものなのだろうか。あの濃い青の空を見ていると、目がやられてしまう。どうしてなのだろうか。それは自分では見当もつかなかった。自然というのは不思議である。そんなことよりも、広大な海。広大な空。もこもこの入道雲があるとはいえ、二つの濃い青と青が見事に合わさっていた。その青が、入道雲の白を引き立たせているのかもしれない。

 いや、白が青に呑み込まれてしまっているのかもしれない説が浮上した。もしそうだったのだとしたら、呑み込まれてしまいそうだった。

 公園を後にし、歩いているのは駅に近い、ビルが立ち並ぶ都市部。大雑把ざっぱに行きたいところが書かれた紙を握って、地図を見ながら街を歩く。まろかの小説の参考になるであろういくつかのお店や施設を訪れ、軽い買い物もした。まろかは、その間頭の中で小説の構想をっていた。町音との会話も弾んで、楽しいものにもなった。このプチ旅は、まろかにとっても、町音にとっても、有意義なもの。それぞれの作品の執筆にとって大きな経験値になったことだろう。

 

 その夜遅く。まろかは執筆活動にはげんでいた。

 昼間にプチ旅で得たことを小説に取り入れるために、旅の最中で体感したこと、考えたことなどをメモにしるしていた。そのメモを参考に、物語の構想を練る。自分らしさもありつつ、漱哉そうやの作品と並んでも恥じないような、そんな作品が出来上がるように。そして、大好きな推しが甲子園で活躍したように、自分も文芸部の全国のコンクールでかがやきたい。──これが野球でよく聞く闘志とうしとかいうやつか。実際に感じて初めてわかる、言葉の意味。そして、いままで闘志とかいうやつを感じたことはなかった。中学の頃は闘志という言葉自体を知らなかったのだと思う。だけど今は、炎が燃えるように熱い。

 闘志という名の炎を燃やして、まろかは筆を動かした。

 

 そして出来上がったまろかの作品。三十枚のギリギリのところまでまっていた。題名は「青を泳ぐ」。感受性の強い野球ファンの日常をまろかが得意な心理描写や比喩ひゆ表現をみずみずしく表している。

 これを先生や藤子に見せた時、どちらともに高い評価をもらった。他の部員からも好評だった。

 漱哉にも個別で見せた。受け取るときは無口だったが、読んでいる最中には、やわらかな表情になった。いつもの硬い顔がほぐれていた。その顔を見たまろかはうれしくなった。

「これまで以上に向上している。西園にしぞのらしい表現がより明確になった。この調子だ」

 やわらかな表情のまま、好評の言葉をもらった。まろかは感激してパーッとまぶしい笑顔が開花した。その笑顔を見た漱哉は目をらし、いつもの顔に戻っていた。

 作品は先生に預かってもらった。全員の作品が揃ったら、文字を打って部誌にするのだ。

 

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