2、最初と最後の「葱頼」Ⅰ

 

 カレンダーは、6月になり、青空の見えない日々が続いていた。空は、黒く濁った雲にずっと覆われていて、まとまった雨が一日中降り注ぐ。そんな日々ほど、まろかにとって気の滅入めいることはない。すっきりとしない、どんよりとした町を見て、まろかはため息をつく。雨が降って、傘をさしているせいで、まともに空を見ることもできない。

「はぁ〜あ、毎日雨ばっかは憂鬱じゃのぉ。あんな灰色のもごもごじゃ、全然すっきりせんわ」

 ぐったりとしおれた植物のように、まろかは机に突っ伏して言う。起き上がろうとする気力さえ、消失していた。

 心さえ晴れないジメジメの空気の中、善美ぜんび高校文芸部『葱頼ねぎらい』では、新たな動きが始まろうとしていた。

 部長の藤子とうこは、顧問の馬場ばば先生に相談をしていた。

「先生、そろそろ部誌作りますか」

 藤子は先生に、部誌の作成を提案していた。

「そうね、もう時期だものね」

 変わらず落ち着いた美しさをもつ先生は藤子の提案にうなずいた。

「皆に伝えますね」

「ありがとう。お願い頼むわね」

「はい」

 藤子は他の部員たちにこのことを伝えた。先生はかたわらで彼女を見守っていた。部誌を作ると伝えられた部員たちは、大いに盛り上がっていた。そんな屈託のない様子の皆に藤子も笑顔になる。

「まろちゃんと町ちゃんにとっては初めての部誌になるわね」

 藤子は言った。

「で、藤子さんにとっては最後の部誌になるんじゃ」

 四葉が言うと、一年生のふたりは衝撃を受けて、悲しんだ。藤子も寂しそうな顔をしていた。そうだ。まろかと町音にとっては初めての部誌であり、藤子にとっては最後の部誌になる。全ての学年が共に過ごす時間というのは案外少ない。

「……そうね。では、短編小説。四百字詰めの原稿用紙最大三十枚まで」

 完成した部誌は、高校の図書館や市内の図書館に置いてもらえるのだ。善美高校の部誌は、毎年話題を読んで、他の高校のものよりも多く読まれる。近年は、漱哉そうやのプロにも負けない腕前で、例年よりもより多くの人に読まれている。

「そして、勿論もちろん、コンクールにも応募するわ。それも、全国規模のコンクールよ」

「全国規模」

 町音まちね鸚鵡おうむ返しにぽつり。全国という規模の大きさにイマイチ掴めていない。

「このコンクールは、高校文芸部における、甲子園なのよ」

「……甲子園!」

 まろかは「甲子園」という言葉を聞いて、感銘を受けた。甲子園は、高校球児たちが汗を流して目指す、高校野球の頂点。まろかの推しの選手も活躍していた。あれの文芸部版。そう思うと、心の奥から炎が燃えたぎる。


 藤子からの説明が終わってからも、さっきの余韻がまだ強く残っていた。

「甲子園……」

 まろかは感銘に浸っていた。

「まろちゃんって甲子園ファン?」

 そんなまろかが引っかかった町音が声をかけた。

「甲子園というか、野球がぶち好きじゃ。長年カープが熱い!!」

 まろかがカープ好きだということを知った町音は、気分が盛り上がった。

「え! まろちゃん、カープファンなんじゃ。うちもぶち好きじゃ!」

「うちは家族皆カープファンで、毎年観にいく。勿論、今年も」

 そこへ、四葉と康次もふたりの会話に参入する。

「うちんとこも、皆カープファン!」

「僕の家もカープファンだよ。漱哉とも何度か観戦に行ったこともあるよ」

「へぇー! 漱哉さんもなんだ」

 まろかが言った。

(でも、ファンかどうかは知らないけど)

 町音がまろかに選手の誰が好きかと聞いた。

「もちろん、断然ノムっちじゃ。ぶちかわええ♡」

「あ〜わかる! うちはコースケとキクリンの二遊間コンビじゃ!!」

 まろかも町音もハイテンション!!

「同じ89年世代。うちもその年代好きじゃな」

 四葉も言う。そこへ藤子も参入した。

「他のとこでもその世代好きだわ」

「わかります! 学生時代に関わりがあったりとかして、ぶち熱いです!」

「マジ神っとるの〜」

 皆の愛の熱は、収まることはない。

「確か今日だっけ。先発」

「あ! そうじゃそうじゃああ! あ、でも雨……」

 さらに熱気が上がったかと思えば、一気に急降下。まろかの寒暖差は激しい。

「今日ビジターじゃよね」

 四葉が言う。そして、まろかはまたもや熱気が急上昇し熱狂する。やはり寒暖差が激しい。

「絶対見るけぇー! 待っててー!」

 熱狂するまろか。その脳裏では、素晴らしいアイデアが浮かんだ。自分のように、カープを熱狂的に愛するファンの小説を書こう! それなら自分らしい、一番素敵な作品ができるかもしれない。──そしたら、漱哉と並んでも圧倒な差が少しでもなくなるかもしれない。

 そんな考えを生まれるきっかけとなった、我が愛する推しに心から感謝を申し上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る