2、最初と最後の「葱頼」Ⅰ
カレンダーは、6月になり、青空の見えない日々が続いていた。空は、黒く濁った雲にずっと覆われていて、まとまった雨が一日中降り注ぐ。そんな日々ほど、まろかにとって気の
「はぁ〜あ、毎日雨ばっかは憂鬱じゃのぉ。あんな灰色のもごもごじゃ、全然すっきりせんわ」
ぐったりと
心さえ晴れないジメジメの空気の中、
部長の
「先生、そろそろ部誌作りますか」
藤子は先生に、部誌の作成を提案していた。
「そうね、もう時期だものね」
変わらず落ち着いた美しさをもつ先生は藤子の提案に
「皆に伝えますね」
「ありがとう。お願い頼むわね」
「はい」
藤子は他の部員たちにこのことを伝えた。先生は
「まろちゃんと町ちゃんにとっては初めての部誌になるわね」
藤子は言った。
「で、藤子さんにとっては最後の部誌になるんじゃ」
四葉が言うと、一年生のふたりは衝撃を受けて、悲しんだ。藤子も寂しそうな顔をしていた。そうだ。まろかと町音にとっては初めての部誌であり、藤子にとっては最後の部誌になる。全ての学年が共に過ごす時間というのは案外少ない。
「……そうね。では、短編小説。四百字詰めの原稿用紙最大三十枚まで」
完成した部誌は、高校の図書館や市内の図書館に置いてもらえるのだ。善美高校の部誌は、毎年話題を読んで、他の高校のものよりも多く読まれる。近年は、
「そして、
「全国規模」
「このコンクールは、高校文芸部における、甲子園なのよ」
「……甲子園!」
まろかは「甲子園」という言葉を聞いて、感銘を受けた。甲子園は、高校球児たちが汗を流して目指す、高校野球の頂点。まろかの推しの選手も活躍していた。あれの文芸部版。そう思うと、心の奥から炎が燃えたぎる。
藤子からの説明が終わってからも、さっきの余韻がまだ強く残っていた。
「甲子園……」
まろかは感銘に浸っていた。
「まろちゃんって甲子園ファン?」
そんなまろかが引っかかった町音が声をかけた。
「甲子園というか、野球がぶち好きじゃ。長年カープが熱い!!」
まろかがカープ好きだということを知った町音は、気分が盛り上がった。
「え! まろちゃん、カープファンなんじゃ。うちもぶち好きじゃ!」
「うちは家族皆カープファンで、毎年観にいく。勿論、今年も」
そこへ、四葉と康次もふたりの会話に参入する。
「うちんとこも、皆カープファン!」
「僕の家もカープファンだよ。漱哉とも何度か観戦に行ったこともあるよ」
「へぇー! 漱哉さんもなんだ」
まろかが言った。
(でも、ファンかどうかは知らないけど)
町音がまろかに選手の誰が好きかと聞いた。
「もちろん、断然ノムっちじゃ。ぶちかわええ♡」
「あ〜わかる! うちはコースケとキクリンの二遊間コンビじゃ!!」
まろかも町音もハイテンション!!
「同じ89年世代。うちもその年代好きじゃな」
四葉も言う。そこへ藤子も参入した。
「他のとこでもその世代好きだわ」
「わかります! 学生時代に関わりがあったりとかして、ぶち熱いです!」
「マジ神っとるの〜」
皆の愛の熱は、収まることはない。
「確か今日だっけ。先発」
「あ! そうじゃそうじゃああ! あ、でも雨……」
さらに熱気が上がったかと思えば、一気に急降下。まろかの寒暖差は激しい。
「今日ビジターじゃよね」
四葉が言う。そして、まろかはまたもや熱気が急上昇し熱狂する。やはり寒暖差が激しい。
「絶対見るけぇー! 待っててー!」
熱狂するまろか。その脳裏では、素晴らしいアイデアが浮かんだ。自分のように、カープを熱狂的に愛するファンの小説を書こう! それなら自分らしい、一番素敵な作品ができるかもしれない。──そしたら、漱哉と並んでも圧倒な差が少しでもなくなるかもしれない。
そんな考えを生まれるきっかけとなった、我が愛する推しに心から感謝を申し上げた。
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