1、空を見上げて Ⅳ
まろかの高校文芸部生活が始まって、早くも二週間弱が過ぎた。桜の花は、ほとんど散り果てて、初々しい黄緑色の葉っぱを蓄え、極暑の季節への段取りを整え始めている。
時の経過の早さには、まろかも驚いていた。ついこの間までは、カレンダーの頭のところだったのに、今では末のところに差しかかっている。
そんな憂鬱も
「漱哉さん、私の作品見てください」
しばらく沈黙を貫くかと思ったが、思いの外すぐに応じてくれた。そして、少ない口数で、評価をしてくれる。小説に関することには熱心なのかも。と、まろかは漱哉を
まろかと
このときも先生に、完成した作品を読んでもらっていた。
「うん。素敵ね。私、まろかちゃんの小説が好き」
「ありがとうございます」
ふたりの近くにいた四葉が、会話に入ってきた。
「私もまろちゃんの小説好きなんよ。まろちゃんの世界は可愛いけぇ」
「わあ、ありがとうございます。うちも四葉さんの小説好きですよ。ぶち癒されます」
「私も四葉ちゃんの小説好きだわ」
先生は四葉にニコッと微笑むと、再度まろかに向き直る。
「実は昔、私も本が好きで、小説を書いていたんだけど、まろかちゃんと同じ感じのを書いてたんだ」
「へぇ〜、そうなんですね」
四葉が言った。
「でも、まろかちゃん方が、私のものよりずっと優れているし、ずっと伸びしろがある。勿論、他の子のも凄い。どれもため息が出てしまうほどに面白い」
「先生の書いた小説、読んでみたいです」
まろかが言うと、先生がは横に首を振った。
「私のはホント大したことないから。だけど、ふたりはまだまだ成長できる。部誌の作成まで近づいてきてるから、がんばって」
先生は、軽く自分をいなしていた。そして、それを部員ふたりに知られないように、誤魔化すように上から黒でぐちゃぐちゃに塗りつぶす。しかし、まろかと四葉の顔には少し曇りが見えた。だが、すぐにふたりは微笑み、返事をした。
「漱哉さん!」
午前の授業が終わり、昼飯時になった。まろかは、別の学級である
「西園」
出てきた彼は、相変わらず硬い表情を崩さない。出てくる言葉も最低限の単語だけだ。
「お昼一緒に食べましょう。中庭で」
漱哉は、人に呼び出されたり誘われたりするのに慣れていないのか、困惑気味であった。
「……まあ、いいが」
「ありがとうございます!」
「だが、普段は
「じゃあ、康次さんとも一緒に食べましょうよ。康次さんて何組ですか」
まろかと町音、漱哉に康次も加え、文芸部四人で青空の下、弁当を食べた。このときも、やはりまろかは空を見上げていた。
「まろかちゃん、ずっと空見よるよね」
康次が笑いながら言う。
「いっつもそうなんですよ。ずぅーーっと空ばかり見よる」
今も変わらず、町音はまろかを不思議に思っているらしかった。
「空は青くて壮大で、見よるとなんだか心が軽くなった気がします」
この時も、まろかはお決まりの口癖を口にした。
「これもよく言っとるわ」
「漱哉さんも、下ばっかり見ていないで、前や上を向いた方がええですよ」
まろかは漱哉に向けて、中学時代の先輩に言われたことを言った。漱哉は、箸を止めた。そして眉を上げていた。普段全く見ない表情だった。
「それじゃ、食いづらいだろ」
声の調子を変えず、口数の少ない漱哉が、まろかにツッコミを入れた。
これには、町音と康次は、笑い転げた。
まろかは、笑うふたりに構わず、彼に反論した。
「いや、いつも、下向いとるじゃないですか。あんまり下ばっかり向いていないで、前や上を向くんです」
漱哉は空を見上げた。
「中学の先輩が言っとったんですけど、下を向くくらいなら上を見ていろって。空はすごく広くてきれいじゃけぇ、ちっさいのなんてどうでもよくなるんです」
漱哉は、しばらく空を見続けていたが、やがて
「無理だな。俺には。そんな
すると、康次がまろかの耳元に近づき、こそこそ
まろかの頭の中では、疑問符がいくつも現れたが、口には出さなかった。とりあえず事を
彼には抱えきれないほどの大きく深い何かがあるのかもしれない。
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