1、空を見上げて Ⅲ

 今日も雲混じりの晴れに、淡い桃色がえている。ぽかぽかの陽気の中、涼しげなそよ風が吹いていた。

 善美高校の文芸部に入部して間もない一年生二人には、今いる先輩たちの代の作品が載っている、この高校の部誌が渡された。藤色一色の高貴なおも持ちがあった。『善美高校文芸部 葱頼ねぎらい』と書かれた下には、葱坊主を彷彿ほうふつさせるシルエットが四つバランス良く配置されていた。それらは全て若竹色一色だ。藤と深い上品さと若竹の若々しさがかもし出されている。誠に美しい。これには、まろかも町音まちねもうっとりとため息をいていた。

「品があってきれいでしょ。これ、先生がデザインしたのよ」

 藤子が誇らしげに言う。それに乗せられたかのように、まろかと町音は感激の声をあげた。

「えっ、馬場ばば先生がですか」

「そうよ」

「先生すごい!」

藤子は鼻を高くした。

「ついでにこの『葱頼』っていう名前をつけたんも先生なんよ」

「え! それじゃ、先生がこの部の作り手!?」

 町音が大きな声を上げた。それにつられてか、まろかも「すごっ!」と同じく大声をあげた。

「まあ、まさにそうね」

「わあ〜!」

 大歓声を上げる一年生ふたりの大オーバーなリアクションに、藤子は、鼻が高いをぐんと通り越して笑っていた。

 一年生ふたりは、ギラギラと輝く目で、それぞれが手にしている部誌をぺらぺらめくった。まろかが最初に読んだのは、漱哉そうやの作品。皆が口を揃えてすごいと言うから、読んでみたかった。題名は『朧影おぼろかげ』。始めの数行で、暗澹あんたんたる世界が目の前に広がった。暗くて悲しげな世界だった。皆が言ってた通り凄かった。言葉で言い表すことなどできそうにない。読み終わったときには、素晴らしさのあまり、海外の人々のように立ち上がって盛大な拍手を贈りたくなった。それほどに凄い。

 他の先輩の作品も読んだ。漱哉の作品が圧倒的だったのは間違いないが、他の作品も十分素晴らしいと思った。全体的にレベルが高い。そう思ったまろかは、自分も先輩たちのような高いレベルになりたいと思った。

 部活動終了の時刻になり、皆がそれぞれのカバンを背負っている頃、まろかは康次やすじと一緒にいる漱哉に声をかけた。町音もまろかについていく。

「漱哉さん」

 漱哉と康次はまろかの方を向いた。

「部誌の作品読みましたよ。ぶちすごかったです」

「もう、泣きそうでした」

 ふたりは口々に漱哉の作品を絶賛した。興奮が止まらない。漱哉は下を見たまま固まっていたかと思えば、ふたりを無視するかのように、歩き出した。すると、暴走ぎみになっていたふたりの口も止まった。

「ごめんね、漱哉はうれしかったんだと思うよ」

 康次はふたりを気遣い言ったあと、漱哉を追いかける。

「あ、康次さんのも良かったですよ」

 まろかは言った。

「ありがとう。また明日」

 康次はそう返し、急いで部室を後にした。

 

 次の日、一年生は早くも実際に執筆活動にとりかかる。ふたりは、藤子から説明を受けていた。

「今日からふたりも文芸部の主な活動である小説の執筆に取りかかっていくわ。じゃけぇ、簡単に説明するわね。執筆活動は普段から行っていくんじゃけど、年に二回、昨日読んでもらった部誌を作るの。作った部誌は、コンクールに出したり、学校と市内の図書館に置いてもらうんじゃ」

「へー、図書館」

 町音はぽつりと言った。

「そうよ、学校の皆や地域の色んな人たちに読んでもらえるのじゃ。うちらが出す部誌は毎回注目されとって、いつも多くの人に読まれているんよ」

「うわあ、ぶちプレッシャーじゃ」

 まろかがそう言うと、藤子はクスクス笑った。

「あと昨日ふたりが読んだ部誌たちは、歴代の中でも最高級で、より注目されたの。コンクールでも入賞したわ」

「すごっ!」

「漱哉君がいるんじゃけぇ、皆が注目するわ。じゃけど、ふたりも漱哉君に圧倒されんように、日々小説の腕を上げていっての」

「はいっ!」

「で、部誌じゃない、普段の活動のときには、原稿用紙五枚までの短い小説を書いてもらいます。完全フリーじゃ難しいと思うから、私がお題を出して、それに沿った小説を書くのよ」

「お題ってどんなのですか」

 まろかがたずねた。

「身近にある、ものやシチュエーションとかね。皆うまいこと小説の中に入れるのよ」

「面白そう」

「じゃの!」

「出来上がったら他の部員や、いらっしゃるときは先生に見せて、感想やアドバイスをもらってね。それと小説に関することでわからないことがあれば、先輩たちや先生に聞いてね」

 こうして、まろかと町音の本格的な文芸部生活が始まった。

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