にせものの声ほんものの声

水泡歌

第1話 にせものの声ほんものの声

 出会ったのは人数合わせの合コンで。

 他の女子が可愛らしいお酒を注文する中、私はビールをジョッキで頼んでいた。

 メンバーがドン引きする中、一人だけゲラゲラ笑って、「いいね、俺も同じやつ」と言った男がいた。

 それが八代やしろだった。

 喋り始めて信じられないほど話が合うことを知った。

 生き別れた兄妹かと思えるような同じ感覚の持ち主だった。

 それから時々、仕事帰りに待ち合わせをしては飲みに行くようになった。

 ふらりと見つけた見た目は悪いが味は抜群の居酒屋で、ベロベロに酔っ払って、時には肩まで組んだりして。

 いわゆる飲み友達という奴になっていた。

 恋愛相談をされることも多かった。

 出会ってからの八代の女性遍歴は全て知っている。

 はっきり言ってこの男は女を見る目がなかった。

 ろくでもない女に惚れては都合のいい男として遊ばれ、貢がされ、こっぴどくふられる。

 そう言えば、初めて会った時も「おい、そいつはやめとけ」と思うような子に惚れていたなと思い出しながら、私は八代の嘆きを聞いてやる。

 そして、今も──


『そりゃあ、さびしくさせた俺も悪いけどさ。だからって他に好きな人が出来たはないと思わないか?』

 机に置かれた缶ビール。その横で嘆く私のスマホ。もとい、ふられた八代。

 私はビールのプルタブを開ける。

「それで? さすがに今回は怒ったわけ?」

『いや、怒ろうと思ったんだけど、泣かれちゃうと何も言えなくなって』

「また、ただ許してお別れしてやったわけね」

『いいんだよ、俺も悪かったんだから』

 私はひとつ溜め息をついて、コンビニで買ったチーズ鱈を頬張る。

 あけみ。ほのか。えりか。

 過去の女性の名前が頭に浮かぶ。

「あなた達、打ち合わせでもしました?」ってくらい同じような内容。

 八代と別れる時は次の子に台本でも渡されるんだろうか。

 タイトル「八代くんで遊ぼう」

 悲劇なんだか喜劇なんだか分からないその内容を聞かされながら、私はいつもひとつの言葉を呑み込んでしまう。


「私にすればいいのに」


 私だったらそんな風にあんたを悲しませたりしない。

 他の男のところになんて行かないし、プレゼントをくれたなら一生の宝物にする。

 世界一の幸せものにしてやるのに。

 呑み込まれた言葉は言えないまんま。

 次こそは次こそは。

 そう思いながら勇気が出なくて。

 その間にあの宣言が出て、飲みに行くことさえ出来なくなった。

 最近はスマホ越しに2人で家飲みばかりしている。

『ああ、どこかにいないかな。俺のことを一番好きでいてくれる女の子』

 冗談めかした言葉にぐっと喉を鳴らす。

 ああ、あんたは本当に女を見る目がない。ここにいるよ、バカ。

 こんな状態になって思ったことがある。

 日常なんてものはひどく不安定で儚いもので。「次こそ」なんて思っている場合ではないようだ。

 だから、私はもう迷わないと決めている。


 スマホから聞こえてくる声は話している本人の声ではないらしい。今聞こえているこの声はスマホが作り出したそっくりの声だ。八代が今聞いている声も私そっくりの声でしかない。

 どうせ伝えるならにせものではなくほんものの声で伝えたい。

「ねえ、落ち着いたらさ、またいつもの居酒屋に飲みに行こうよ」

『おお、いいね。その日を励みに生きていくわ』

「おおげさな」

 笑いながら思う。

 さて、こいつは一体どんな反応をするだろうか。

 驚くだろうか。困るだろうか。

 こんなことを考えているなんてちっとも知らない八代は話題をバカ話に切り替えて、ゲラゲラ笑っている。

 私は次に会える日を焦がれながら、缶ビールに願いを込めて呷る。


 私もその日を励みに生きていくよ。

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