三日月のおうち時間チャンネル
阿井上夫
三日月のおうち時間チャンネル
「チャオ~、三日月でーす! 初めての方は初めまして、初めてではない方も初めまして。本日、唐突に始まりました生放送『三日月のおうち時間チャンネル』ですが、気に入った方はぜひぜひチャンネル登録を宜しくお願いしま~す。さてさて、去年から続いている新型コロナウイルスの騒動で、世間では『おうち時間』という言葉が大流行中ですけれども、今まで陽キャ、パリピのアウトドア派だった皆さんは、『家の中でどうやって過ごせばいいのか分からないよ~』とお悩みのことと思います。そこで、『おうち時間』プロフェッショナルの三日月さんがですね、皆さんの深遠なお悩みを迅速かつ明快に解決しようと思うわけですね~。なにしろ私、三日月は世間に先駆けて『おうち時間』を十二分に満喫しておりましたので、もう今回の騒動は『やっと時代が俺に追いついてきたか!』という感じなのです~。大半のことはネット経由で事足りてしまう時代ですけれども、『おうち時間』初心者の皆さんは、選択肢が多すぎて迷ってしまうのではないかと思います。そんな皆さんは、私のチャンネルを羅針盤代わりに使いながら、広大なネットの海に勇敢に漕ぎ出していただければと思いま~す。それでは本日取り上げるテーマですけれども、『おうち時間』といえばデリバリーは切っても切れない前世からの固い縁(えにし)で結ばれた関係にありますが、その中でも宅配ピザは王道じゃないかと思います。そこで、あまたある宅配ピザについて『どこの店のどのピザを頼めば外れがないか、後悔しなくてすむのか』といったところを、これから熱く語っていこうと思うわけですね~。ドミソやビザール、ハットリといった王手チェーン店の定番メニューから季節限定の変わり種、地域限定ショップの曲者ピザなどをご紹介しつつ、三日月が長年の経験から編み出した『決して飽きないピザ・ローテーションの組み方』なんかもご紹介しながら、サブの飲み物はコケ・コールだけで本当に良いのか、サブメニューの定番は鳥のから揚げかポテトか、ピザの耳にソーセージは邪道なのかそうでないのか、といった哲学的な命題まで扱っちゃおうと思うわけで~す。それでは一時間ちょっとの生放送になりますが、最後までお楽しみくださ~い」
*
午後十時、南武線沿線にある中小企業に勤務している佐藤和夫(五十三歳、係長)は、南武線「武蔵溝ノ口」駅で東急田園都市線の普通に混んでいる中央林間行きの急行車両に乗り換えた後、スマホの画面を開き、その狭い画面の中で満面の笑みを浮かべながら早口で喋り続けている息子、佐藤利通(三十二歳)の顔を見つめながら、マスクの下でこう呟いた。
「いや、お前のは『おうち時間』じゃなくて、引き篭もりのニートだから……」
*
この後しばらくして、『三日月父のおうち時間を満喫する息子を語るチャンネル』というのが巷で大人気となるのだが、心優しい作者としては胸が痛くてこれ以上は書けない。
( 終わり )
三日月のおうち時間チャンネル 阿井上夫 @Aiueo
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