第34話 感謝状


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 夢屋さんへ


 はじめまして。

 杏にステキな夢をプレゼントしてくれて、どうもありがとう! 

 またみんなの声が聞けて、杏はとってもうれしいです!


 こんなことを書いちゃっていいのかなって、なやんだんだけど、夢屋さんには会えないんだよってパパに言われたから、ここに書きます。


 夢の中のパパは本物そっくりだけど…やっぱり杏は、本物のパパの方が好き!

 おはようのギューも、おやすみのチューも、やっぱり本物のパパにしてほしいもん。パパだけじゃないよ。雨でジトジトな日も、先生におこられちゃった日だって、前よりずっと好きになれたの!


 音がなくても、杏の世界はこんなにキラキラしてたんだね。


 それに気づかせてくれて、ありがとう。

 これからも、お仕事がんばってください!


 杏より

 

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 隣で見守っていた立花が、そっとハンカチを差し出してくる。


「必要ありません」

「おや、そうでしたか」


 ノアは不機嫌そうに顔を背ける。そうして立花がポケットにハンカチを仕舞う一瞬を見計らって、右の目尻の雫をサッと指で拭った。


「貴方には、みっともない姿ばかり見せている気がします」

「いえいえ、安心しましたよ。クラークさんにも、ちゃんと人らしい一面があるんですね」

「私をロボットか何かだと思っていたんですか?」


 気恥ずかしさを隠すようにジロリと立花を睨むが、彼は可笑しそうに笑うだけだ。


「目的のためならば、感情も殺せる人だと思っていました。でも、違う。クラークさんは、どこまでも感情に真っ直ぐなんだ」

「……知ったような態度は、気に入りませんね」

「おや、私の勘違いでしたか。それは失礼しました」


 そう言う立花からは、申しわけないという態度がこれっぽっちも感じられない。

 ノアもやれやれと首を振るが、その口角は薄っすらと上がって見えた。


「もう一つ、踏み込んだことを聞いても?」

「ダメと言っても聞くんでしょう」

「……許したい人というのは、お父様のことですか」


 ノアの口から、一つ、白んだ息が漏れる。

 その沈黙を、立花は肯定と受け取った。


「クラークさ––––」

「無駄話は終了です」

「……ええ、そのようですね」


 敢えて冷たく言い放ったのに、立花は気分を害する素振りなど見せなかった。それはまるで子どもの癇癪に付き合う父親の様で、ノアの心は余計にかき乱されるのだった。


 杏からの手紙を、宝物のようにタキシードの内ポケットへ仕舞う。そして代わりに、黒地に金色の文字が刻印されたチケットを取り出した。

 視界の先では、美しく着飾った紳士淑女たちが大きな扉の前で列をなしていた。皆、ノアと同じ黒色のチケットを持っている。鼻と耳を赤くした警備員が二人、黙々とチケットの確認をとっている。招待客を通すために一瞬開けられた扉から、中の様子が垣間見えた。

 シャンデリアに照らされたホールに、シャンパンのグラスがそこかしこで煌めいている。


 ノアは襟元のラペルピンがちゃんと付いていることを確認すると、十二月の冷えた空気をすうっと肺に送り込んだ。逸る鼓動を落ち着かせるように、深く長く、息を吐く。

 そして、隣の立花を見ずに言った。


「行きましょう」

「はい、クラークさん」


 長くスラッと伸びた足を、大きく一歩踏み出した。

 いざ、戦場へ。

 

 

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