初めての日曜大工

紙本臨夢

初めての日曜大工

 家で謹慎になってしまった。


 理由は単純。


 友達を大怪我させたからだ。


 些細な喧嘩だったはずなのに、いつの間にかアイツは地面に蹲っていた。


 本当に俺って、存在しない方がいいな。バカすぎて、言うこと聞かない。それに暴力的だから、周りに迷惑しか、かけていない。


 そんな俺が存在する意味あるのか? むしろ、死んだ方がいいんじゃないか? 死んですぐは迷惑をかけるだろうけど、その後は迷惑をかけない。


「そうだ。将来的に見て、俺が死んだ方が周りに得しかない」


 口に出すと、浮かんだ考えが正しく思えた。


 まずは迷惑をかけづらい死に方を探すか。


 手元にあったスマホを開く。


 昼間なのに真っ暗だった部屋に、光が生まれる。


 ピンポーン。


 インターフォンが鳴る。


 どうせすぐ立ち去るだろう。そう思っていたが、すぐにまたインターフォンが鳴る。


「チッ、誰だよ……」


 仕方なく背中を預けていた扉を開き、下の階にある玄関に向かう。


 階段を降りてすぐの玄関の扉を開ける。その瞬間、太陽の光が差し込み、眩しくて思わず目を細めた。


「よっ! あきら。もしかして、寝起きか?」


 この声は……。


「なんだ。じいちゃんか。何の用? 父さんも母さんも家にいないけど」


「そうだろうな。でも、今日のワシはお前に用があって来たんだ」


「何の用だよ? 忙しいから、手短に頼む」


「ん? 忙しいのか? 何をしてる?」


「何だっていいだろ!」


「本当に忙しいのか? 無理をしていないか?」


「放っておいてくれ! あんたには関係のないことだ!」


「本当に関係ないのか? 本当に本当か。こういう時のワシの勘はよく当たる。今、なんか、よからぬことを考えているだろ」


「っ!? そ、そんなわけ!」


「どもった時点で、事実を証明している。もう一度聞く。一体何をしていたんだ?」


 じいちゃんは真っ直ぐ俺を見てくる。どこかバツが悪くなり、目を逸らしてしまう。


「調べ物だよ」


「ほぉう。で、何を調べていたんだ?」


「何でも」

「ワシの勘はよく当たる。晃も知ってるだろ? 隠しても無駄だ」


「…………迷惑かけない死に方について」


「そんなことだろうと思った」


 本当にじいちゃんには敵わない。普段は、鈍感だが、何か大きな隠し事をしている時は、必ず見破られてしまう。


「もしかして、止めに来たのか?」


「当たり前と言いたいところだけど、じいちゃんは超能力使えるわけじゃないんだよ。だから、直接会ってみないと何も分からん」


「じゃあ、何しに来た?」


「謹慎って暇だろうから、暇潰しを持ってきた」


「暇潰し? 一体何で?」


「ちょっと待ってくれ」


「ああ」


 じいちゃんは俺の返事を聞くと、走って家の敷地外に出た。


 もう八十歳に近いのに、走れるとか元気だな。


 そんなことを考えていると、帰ってきた。


 じいちゃんの手には、なぜか椅子があった。見た目は木で、大きさ的にはレストランなどで見かける大きさだ。


「それがどうした?」


「この椅子を作ってみないか?」


「はっ?」


「別に椅子じゃなくても構わない。何でも、いいから作ってみないか」


「いやでも、俺は不器用だから、そんなもの絶対に作れない。やるだけ無駄だ」


「無駄でもいいんだ」


「はっ?」


「何かをするだけでいい。何もしないからこそ気が滅入っちまって、死のうなんて浅はかな考えに至る。何かをするだけで、気持ちが少し楽になる。何だったら、ゲームでもいい。まぁ、ワシとしては何かを作って欲しいと思うけどな。誰にでも見える形で残るから、達成感もある」


 じいちゃんの言っていることはもっともだ。だけど、そう簡単に作れないのもわかっているし、どうせ作っている最中に何かを壊してしまうに違いない。俺はいるだけで、迷惑をかけてしまうのだから。


「…………」


「何を躊躇う必要がある。ワシも手伝う。何かをやらかしても、ワシも一緒に謝る。なんなら、直せるものなら、直してもやる。だから、二人で何かを作ろう。まぁ、料理と裁縫は教えられないだろうがな」


 じいちゃんに、ここまで言わせておいて、何もしないわけにはいかなさそうだ。


「わかった。何か作る。でも、簡単なものにしてくれよ」


「了解」


 そうして、俺はじいちゃんと一緒に何かを始めることにした。



「まずは赤子でも作れる椅子を作ろう」


「えっ? 俺は赤子以下?」


 家にある小さな庭で赤子以下認定された。


「これができなければ、そうなるな」


「なら、赤子以下確定じゃね? 俺は超不器用なのじいちゃんも知ってるだろ」


「風の噂によれば、針穴に糸を通すのに一時間以上かかったらしいな」


「そう。だから、俺に椅子なんて作れるわけがない」


「そう言うと思って、赤子でも作れる椅子の材料を持ってきました。少し待っててくれ」


 またすぐに家の敷地から出ていき、すぐに帰ってきた。その手には木材がいくつかある。


「赤子じゃあ無理だろ」


「すぐに判断するな。ほら、裏を見ろ」


「裏?」


 言われた通り裏を見ると、既に一部切り取られたりしていた。


「どういうこと?」


「簡単な話だ。ただ単に組み立てるだけ」


「それだけ?」


「あぁ、それだけだ。言っただろ。赤子でもできるって」


「まぁ、これなら、俺でもできるかも」


「なら、ワシの指示に従って、組み立ててくれ」


「了解」


 三十分後。


「できた……」


「あぁ、できたな。でも、時間のかかり過ぎ」


「ごめん」


「まぁ、仕方ない。なら、少しレベルを上げるか」


「これよりも上げるとか、できる気がしないだけど……」


「最初から諦めるな。諦めていたら、前にも進めないし、何もできない。今のまま停滞するだけだぞ。だから、こういう時は『やってみる』と言えばいいんだ。そうすれば、気持ちも前向きになる」


「……やってみる」


「よし」


 そう言って、じいさんはまたすぐに家の敷地外に出て、すぐに帰ってくる。だけど、量が多いからか、フラフラだ。


 荷物を一部受け取り、庭で地面に置く。


「次は何だ?」


「材料をいくつか持ってきたから、好きに作れ。お前が受け取ってくれた工具箱の中に、ネジや釘もあるから、好きに使え」


「急にレベルが上がり過ぎじゃないか?」


「何かを作るには、創作力が必要だ。誰かに言われたものを作るだけじゃ、それは機械と同じ。人間というのは、せっかく創造できる能力があるのだから、存分に使え」


「で、でも……」


「ワシも見ているから、好きなようにしろ」


 じいちゃんは俺に有無を言わせる気がないようだ。


 でも、そっか。さっきも言ってたもんな。最初から諦めるなって。なら、やれるだけやってみるか。



 じいちゃんに色々と教わりながら、何かを作る。自分の心の赴くままに作っているため、何を作っているのか自分ではわからない。



 数時間後。


 空が黒く染まってきた。


「そろそろ、夜になるし、今日はこのくらいにしておくか」


「…………」


 喋ると考えているものが抜けていきそうなので、黙々と作る。


 突然、肩に手を置かれた。そのせいで、集中力が切れてしまう。


 じいちゃんの方を睨むと、柔和な笑みを浮かべていた。


「なに?」


「もう、死ぬ気はないか?」

「ない」


 考えることもなく、スッと言葉が出た。


「そうか。なら、よかった」


 突然、家にやってきたじいちゃん。

 そして、無理やり何かを作る作業を行なわされた。そのおかげで、死ぬ気が消えた。


「まさか、じいちゃんは俺のために色んな材料の仕込みを?」


「いや、ただの趣味」


 知っているけど、少しズッコケてしまう。


「でも、ワシもモノづくりに何度か救われた。だから、晃も救えるのではないかと思った。晃は優しいから、きっと友達を傷つけたことに自分を責めて、追い詰めてしまっていると思った。だったら、何かを作ることによって、自責の念を少しは忘れさせることができるのではないかと思った。どうやら狙い通りだったようだけど……」


「あぁ、ありがとう。じいちゃん。おかげで早まらなくて済んだ」


「なら、よかった。お前が今日作ったモノは全部あげる。好きに使え」


 じいちゃんはそう言うと、恥ずかしそうにその場を去った。


 自分で臭いセリフ言ってる自覚あったんだな。まぁ、よく言ってるから、俺は慣れたけど。


「さて、仕上げだけでもするか」


 最初に作った、少しズレていて、ガタガタで不恰好な椅子を分解する。


 そして、組み立て直す。今度は十分くらいで完成した。


「ふっ」


 思わず笑みが漏れてしまう。


「本当に作るの遅かったな」

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