妖精薬師の悩み事

葛瀬 秋奈

妖精薬師の悩み事

 世界中に病気が蔓延して外に出られないので、最近はすっかり家の中にいるのが板についてしまった。

 別に自宅が嫌いなわけではないのでそれはいい。だが、長く居続けていると細かい粗が気になってしまう性分なもので、あそこに埃が溜まっているとかここが汚れているとか気になりだすとたちまち掃除を始めてしまう。

 家は綺麗になるので、それもいい。問題は、本業が疎かになってしまうということだ。


 私の本業、それは薬師である。森で採取した薬草や鉱石を手間ひまかけて加工したり調合したりして街に持っていき売ってもらうのである。

 街に持って行くのは簡易的な転移魔法装置のおかげでどうにかなるが、加工作業が家だとどうもうまくいかない。少し汚れただけですぐ掃除したくなって作業がちっとも進まないのだった。


 実のところ、住んでるのも森の中で主な活動場所も森の中なのにどうして外に出ていけないのか、意味がわからない。わからないが、政府から外に出ないように言われているのである。

 人間の国に間借りする人ならぬ身としては極めて頭の痛い話だ。流行り病は人から人への感染ということで我々のような妖精に属する者への感染は確認されていないのだが、政府が言うならそうしなければならない。

 下手に反逆すれば、待っているのは差別と弾圧だ。無関係な同族まで巻き込むわけにもいくまい。


「そういうわけでさ、どうしたもんかね」


 思いきって知り合いのドワーフに相談してみた。このご時世なので、水晶玉越しの遠隔会話だ。


「贅沢な話であるな」


 呆れられた。何故だ。


「当方らは密になるからと、この頃は鉱山にも時間交代でしか入れぬ有様。それを思えばなんと贅沢な話であるか」


 ドワーフ特有の古めかしい言い回しで語る姿には、なんというか、説得力があった。確かに鉱石の採掘で生計を立てる彼らにとっては死活問題であろう。


「材料はあるのだろう」

「人が森に入ってこない夜のうちは採集活動もうるさく言われないからね」

「ならば昼は多少の汚れを甘受して加工作業に勤しむが良い」

「ま、そりゃそうか」

「身を慎み時を待つことだ。さすれば神は聞き届けようぞ」

「どうかな。君らのとこと違ってうちの神様は気まぐれだからね」

「病の神は勤勉なり」

「その勤勉さがどっちに働くかが問題だな」

「うむ。食事の時間である、またな」

「はいはーい、またねー」


 水晶玉に手を置き接続を解除する。あのドワーフも少し前までは「魔道具なぞ使えるものか」と謎の昔気質で道具による魔法を一切使わなかったものだが、変われば変わるものだ。

 要するに彼も政府の方針には逆らえないということだが。

 でも、自分に害の無い病気の蔓延で便利な道具が世の中に浸透するならちょっと悪くないかもな、なんて。


「昼ご飯、どうしようかな」


 そういえば昨夜拾ってきたドングリがあったなと貯蔵庫を開ける。貯蔵庫には沢山の壺があり、そのうちの一つにはドングリがぎっしり詰まっていた。

 シイの実はアク抜きの必要がないから調理が楽でいい。今日はこれでクッキーを作るとしよう。お茶はドクダミでいいな。


 私はこれからの予定を楽しく夢想しながら、お湯を沸かす為に火魔法の装置を起動させた。自分と違う属性の魔法でも簡単に使いこなせるのだから、技術の進歩ってやつはまったく大したものだ。


 そういえば食器棚にまた埃が溜まっていた。あとで拭いておかないと。

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